第20話
八時を迎える前に階段を下り、リビングで昨日と同じように夕食をとった。リィルが望んだ秋刀魚は現れず、今日も洋風な料理だった。おそらく、この家で和食が出てくることはない。
料理のあと、クレイルと軽く明日の打ち合わせをした。明日から一日中作業をすることになる。今日のように午前中に作業をしたあと、昼食を挟んで、午後も同じように作業を進める予定だ。期限は一週間だから、できる限りそれまでに終わらせたいというのが、僕とクレイルの共通認識だった。金銭的な面もあるだろうが、クレイルとしては、子どもたちと過ごす時間を大切にしたいという思いが強いようだ。
ココとヴィはすでに風呂に入り終えていたので、次は僕が入る番だった。衣服はクレイルに洗濯してもらっているから、着替えがなくなることはない。寝間着は二日分持ってきていた。
湯船に浸かりながら、僕はぼんやりと今後のことを考える。
僕としても、クレイルと同様に、早く終わらせたいという気持ちはあった。それは、やはりこの家庭の事情を考慮してのことだが、それ以上に、自分が関わりたくないという気持ちの方が強かった。クレイルと子どもたちのことを考えると、どうしても気分が落ち込んでしまう。そんなことを言うと無責任と思われるかもしれないが、それでも、人が病気で死ぬとなれば、誰でも消極的な気分にはなる。だから、早くこの場から立ち去りたいというのが、僕の本音として最も正しい。
僕に比べれば、リィルはクレイルと関わる機会が少ないから、そこまでは考えていないかもしれない。彼女は、今、子どもたちとの仲を改善する手段を考えることに集中している。それは実際に考えなければいけないことだし、言ってみれば、クレイルと子どもたちの限られた時間を横取りするわけだから、できるだけ華やかなものにしようと考えるのは、非常に合理的な思考だと評価できる。
人は、時間に支配されているのだな、と僕はなんとなく考える。
僕たちもそうだ。
リィルには、ウッドクロックと呼ばれる時計が搭載されている。
時計とは、時の流れを可視化する装置だ。
彼女も、そして僕も、時間の従者であることに変わりはない。
彼女が、子どもたちと接する時間が、良い思い出として残れば良いな、と僕は思った。
部屋に戻ると、照明が消えていた。見ると、二段目のベッドでリィルがもう眠っていた。
僕は昨日貸してもらった懐中電灯の明かりを灯し、明日の準備を軽く行う。準備といっても、すべきことはほとんどなかった。先ほどの練習を思い出して、記憶に止めようとするくらいでしかない。
午後十一時を迎える前に、僕も布団に入った。リィルに倣って、僕も充分に睡眠時間を確保しておこうと考えたのだ。
僕が布団の中で目を閉じると、唐突に頭上から声が聞こえてきた。
「もう、寝るの?」
僕は再び目を開け、暗闇に向かって呟く。
「なんだ、起きていたのか」
「ううん、今、目が覚めた」
「こんなに早く寝るなんて、珍しいね。何かあったの?」僕は尋ねた。
「私?」リィルは答える。「うーん、別にないけど……。ただの気紛れって感じかな」
僕は寝返りを打ち、真っ暗な部屋の様子を観察する。何も目立つものはなかったが、そうしているだけで気分は落ち着いた。
「普段と違う経験をして、疲れているだろうから、休める内に休んでおいた方がいいね」
僕がそう言うと、リィルは曖昧な返事をする。
「うん、まあ」
「何か、いい方策は思いついた?」
「ココとヴィとの接し方について?」
「そう」
「いや、まだ……」彼女は説明する。「私なりに、色々と考えてみたんだけど、やっぱり、一緒に遊ぶくらいしかないかな、と思って……。うん、だから、明日は、クレイルに相談して、ちょっと外に出かけてくるつもり」
「なるほど。心を掴むために、自分の運動神経を見せびらかそうという魂胆だね」
「いやいや、そんなダイナミックじゃないけど」
「頑張って」
「うん、頑張る」
「そっちも、頑張ってね」
「こんなに頑張っているのに、これ以上何を頑張るわけ?」
暫く待ってみたが、リィルからの返答はなかった。
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