第47話
黙々と仕事をこなし、二時間くらい経過したところで一端作業を切り上げ、友人に連絡を入れた。彼は朝は遅い方なので、これくらいの時間に電話をかけないと出てくれない。以前、早朝に何度もコールした結果、もの凄い剣幕で応答されたことがあった。時刻はもう九時を過ぎているから、今日は問題はないはずだった。
友人に連絡がつき、彼の所に行く許可は貰えた。といっても、彼に外に出る用事があることはない。彼は常に室内で生活している。
さらに一時間ほどデスクワークを行ったあと、僕は階段を下りて再びリビングに向かった。
リビングでは、リィルがソファに座って映画を観ていた。
「暇人だね」
彼女の隣に腰をかけて、僕は呟く。
「うん……」
「集中しているのかな?」
「うん……」
「それ、何の映画?」
「えっとね、映画」
「え?」
見たところ、海外のSFアドベンチャーのようだった。戦闘機が飛び交ったり、ミサイルが発射されたりと、それなりに迫力のある映像が展開されているが、僕はこういうタイプの作品があまり好きではない。映画館で観るのなら良いが、家のテレビで観ると目が疲れてしまう。やはり、ゆっくりと楽しむのならミステリーが良い。
キッチンに入って、適当に昼食を用意した。リィルが作ってくれることもあるが、その頻度はそんなに高いとはいえない。夕飯を作ってくれることは多い。というよりも、僕はほとんど夕飯を作らない。朝と昼は何でも良いからとにかく食べる、みたいな生活をしているので、一日の中で一度だけでもきちんとした食事がとれるのは、僕としては非常に嬉しかった。
キャベツを千切って器に盛り、ソーセージと卵をフライパンで焼き、トーストをトースターで程良く焦がして、僕の昼食のメニューは完成する。それをリビングまで運び、再びリィルの隣に座って、彼女と一緒に映画を観ながら僕は昼ご飯を食べた。
「ねえ、リィルさん」僕は話す。「今日は、どうしてそんな格好をしているんですか?」
「え? うーん……」
暫く待ってみたが、彼女は何の返答もしなかった。映画に集中していて、それどころではないらしい。
僕は空いている方の腕を伸ばし、彼女の衣服の袖に軽く触れる。明らかに家で着る用の服ではなかった。何を考えているのか分からないが、危険な考えではないと良いな、と僕はなんとなく考える。リィルがこういう常識外れな行動をとるときは、大抵、その根底にはまともとはいえない思考が存在する。唐揚げを作ってほしいと要求したら、なぜか鶏肉の素揚げが出てきたことがあったが、そのときは、衣だけを油で揚げたらどうなるのかを知りたいというのが、彼女の狙いだった。
エンディングを迎え、スタッフロールが流れる。それを最後まで観終えて、リィルはテレビの電源をオフにした。
「面白かった」
どんな作品にも共通して使える感想を述べて、彼女は伸びをする。
「どんなところが?」僕は気になって質問した。
「全部」
「一つ挙げるとしたら?」
「全部」
僕はそれ以上訊かないことにした。
代わりに、先ほどの質問をもう一度繰り返した。
「で、今日は、どうしてそんな格好をしているの?」
「え? これ?」僕の質問を受けて、彼女は自分の衣服を見る。「可愛くない?」
「可愛いけど、ほかにも選びようがあったように思える」
「え、でも、可愛いなら、いいじゃん、それで」
「それだけ?」
「何が?」
「それを着ている理由」
「うん、そうだよ」
僕は頷く。
「あそう」
リィルは立ち上がり、突然硝子戸を全開にした。その前に仁王立ちになり、腕を組んで空を睨みつける。
フォークを握ったまま、僕は彼女の後ろ姿を観察した。
「何しているの?」
「私も、いつか、パイロットになりたい」
そんなようなことを言うと思っていたので、僕はまったく驚かなかった。
「へえ。そうなんだ」
「いつか、太陽と月を私のものにしてやるんだから」
僕はソーセージを口に入れる。中まで火が通っていなくて、酷く微妙な食感だった。
「もう少ししたら、僕は出かけてくるからね。その間、変なことはしないように、頼むよ」
「よし、分かった」
「え、何?」
「まずは、ジェットエンジンを背負うところからかな」
「僕の話、聞いていた?」
「おう」
「じゃあ、そこのところ、よろしく」
「ああ」
サラダを食べながら、どうにかしてニュース以外放送されないようにできないものか、と僕は思考を巡らせる。できないわけではないだろうが、面倒臭そうなので、実際にそうしようとは思わなかった。
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