火のないところにも煙は立ちます
「郁哉ぁー」
教室に戻るとニヤニヤしながら諒太が寄って来て、ガシッと肩を抱かれた。
「水くさいなあ。それならそうと教えてくれよ。俺ら友達だろー?」
「急になんだよ。鬱陶しいし重いから離れろ」
リュックに空の弁当箱をしまいながら、俺は諒太の手を払っ……おうとした。けれど近所の空手道場に通っているとかいう諒太の腕は、簡単には振り解けない。
「まあまあそう言うなって」
諒太に俺を離す気は無いらしい。今度は脇腹をぐりぐりやられて俺は身を捩った。
「ほんとやめて。なんなの?」
若干涙目で睨むと諒太はようやく解放してくれた。席に着いた俺の前に立って、腰に手をあてる。
「彼女ができたんなら言えよなーっ」
「は?」
なんだそれ。てか、声のボリューム考えようか。何人かこっちを見ちゃったじゃないか。
「いないけど?」
「いやいや
ちっちっちっ、と指を振られたって俺に思い当たる節はない。チラッと膝に座るこっくりさんを見てみたが、そんな訳はない。諒太にはこっくりさん見えてないはずだし。
「悪いけど本当に分からん。どこからそんな話が」
俺は戸惑った顔で親友を見上げた。
「一昨日の昼にどっか行ってたろ?」
「おう」
こっくりさんにねだられてお散歩にな。それがどうした。
「その前は一年の女子探して聞き回ってたってな?」
「げ」
そうだけどそうじゃない。けど、そういや担任も変な誤解してたな。思いもよらなかったから深く考えなかったんだけど。
「んで。今、並んで楽しそうに弁当食ってきたろ」
「あ゙ー」
そうか。こっくりさんが見えなかったら二人っきりの図だもんな。公園ではちょっと気にしたのに、すっかり打ち解けちゃって抜けていた。むしろ用心すべきは
「間ひとり分空けてるとか。初々しくて微笑ましいわー」
それはこっくりさんが間にいたからデスヨ。
「何お前、見てたの?」
がっくりと項垂れていた頭を上げて俺は諒太に訊いた。
「そりゃ見えるっしょ。中庭、上から丸見えよ?」
「マジかー」
「聞くところによると、一昨日の放課後も二人でイチャイチャしてたとか」
「誤解です」
なんか、膝に座っているこっくりさんまでニヤニヤしだした。やめてお願い。
「則ノ内さんはただのお友達です」
「照れんなよー。そうか。則ノ内さんっていうのか」
諒太のニヤニヤは止まらない。こっくりさんも。
「マジでやめろ。変な誤解が歩き回ったら、俺はともかく則ノ内さんが可哀想だ」
溜息と共に言うと、諒太も少しテンションを落とした。
「え? マジで違うの?」
「だからそう言ってるだろ」
「えー」
不満顔の諒太は放っておいて俺は思案した。
ヤバいな。ゆきのことも気になるし、ちょくちょく会いたかったんだけど。ちょっと自重した方がいいかもしれない。変な噂が立ったら困るもんな。うんそうしよう。則ノ内さんにはラインでも入れておこう。
「カー」
教室の窓の外。校庭のイチョウの木に留まったカラスが鳴いた。
夜一、ほんとに耳が良いんだな。あんまり聞かれたくなかったんだけど。こっくりさんも、いい加減ニヤニヤ笑うのやめてほしい。
「ほらお前ら、席着けー」
担任の大崎が入ってくるのと同時に、五限目開始のチャイムが鳴った。
◇◇
「……」
だからね?
俺は頭を抱える。
「なんだか変な噂が立ってるみたいなんです。斉藤先輩にご迷惑がかかったらいけないと思ってお知らせに」
放課後、早速スマホを取り出してメッセージを打ち込もうとしたところで呼ばれた。
「斉藤ーお客さんー」
顔を上げると、廊下側の窓の外に則ノ内さんが立っていたのだ。うそぅ。手遅れ。しょうがないので窓を挟んでお話ししている。呼んでくれた立花さんは訳知り顔でニヤニヤと頷きながら帰り支度をしている。
「違うよ?」
誤解は早めに正さなければ。
「はいはい。どうぞごゆっくりー」
けれど、全然「はいはい」じゃない感じのまま立花さんは帰っていった。ああぁー。
「噂は俺も聞いた。それで、あんまり近づかない方がいいかもなーと思って、ラインしかけたところだった」
「えっえっ。そうなんですか?」
則ノ内さんはわたわたと周りを見渡して、それからしゅんと頭を下げた。
「もしかして、却ってご迷惑を。ごめんなさい」
則ノ内さんは物知りで落ち着いていて、俺なんかよりよっぽどしっかりしてそうなのに。こういうことには気が回らないらしい。
「俺は別に構わないんだけどさ。則ノ内さんは女の子だし、変な噂立ったら嫌でしょ?」
「私も別に……」
何も知らないヤツが聞いたら誤解するかもしれない。お互い気にしない、噂通りで構わない、って。でも実際は違う。今のところお互いに興味のない話題なのでどうでもいい、という意味だ。言葉にしたら寂しいじゃないか。言わせるなよな。
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