こんにちは
午後からの授業では、襲い来る睡魔と戦うのがいつもの流れだ。勝率は悪い。けれど今日、睡魔ごときが入り込む余地は皆無だ。だってこっくりさんが膝の上で絶えずちょっかいを出してくるんだもの。やめろぉぉ。
「のう郁哉」
「……なんでしょう」
左膝に座って肩に手を回すこっくりさんが喋ると、耳に息がかかる。やめてよね。免疫無いんだから!
「ちと頼みがあるのじゃが」
「聞けることなら」
俺は慎重に応えた。うっかり忘れそうになるけれど、相手は悪霊なのである(たぶん)。何でも、とか応えてエライことになっても困る。
「あれはおぬしの友垣であろ?」
そう言ってこっくりさんが指差したのは敏史だ。
「そうですけど、何か?」
敏史は一緒にこっくりさんをした友人だ。そのことでこっくりさんがあいつに何かするつもりなら、俺としては断固として阻止しなければならない。
「鬱陶しいのじゃ」
「は?」
こっくりさんは嫌そうに顔を顰めて敏史を見ている。ただ遠くに座っている善良な男子高校生が鬱陶しいとはこれ如何に。俺は首を傾げた。
「あやつに憑いておる
うーん。どうだろう。本当に文句を言うだけなら別にいいんだけど。
「……攻撃したりとか?」
「せぬわ」
「ほんとに?」
俺は懐疑の目を向ける。
「おぬし、我を何だと思うておるのじゃ」
「あくりょ……」
ごいん!
と、頭をしばかれました。こっくりさんは容赦ありません。とはいえ加減はしてくれたみたいで、音の割にそれほど痛くはなかったんだけど……。
◇◇
という訳で、放課後にコンビニで肉まんを買って食べている。諒太にもらったスポドリのお礼も兼ねているので俺のオゴリだ。ついでに敏史にも。なんせ今日の主賓は敏史だからな。
そういう訳にもいかないと小銭を出してきた二人の手のひらから、十円ずついただいた。ぴっかぴかの諒太の十円玉。回収しておいた方がいいかと思ったから。
こっくりさんが満足そうに頷いているので正解だったんだと思う。俺は深く考えもせず、差し出された手に回収した十円玉を載せた。
「うおぅっ!?」
途端に諒太がすっとんきょうな声を上げる。
あ。ヤバ。
「何だそれ! 手品?」
空中に浮く十円玉を凝視する諒太に俺はしかつめらしく頷いた。内心はヒヤヒヤだ。
「もちろんだ。でも、手品だからタネもシカケも当然内緒だ」
ヤバいヤバい。気をつけないと。俺は宙に浮いた十円玉をつまみ上げ、背中に回してこっくりさんに渡した。着物じゃないので袂が無くて、仕舞う場所に困ったらしいこっくりさんが俺の手を引く。
「帰るまでおぬしが持っておれ」
了解です。受け取った十円玉をポケットに仕舞う。女子の服ってポケットも無いのか。なんて不便なんだ。そう思ったが口にはしなかった。
俺たちが肉まんを食べている間に、こっくりさんは衛とやらと話をしたようだ。俺にはその人(?)が見えないし声も聞こえないので、相手の反応は分からない。でもこっくりさんの様子から察するに概ね上手く運んだみたいだ。
それにしても。
こっくりさんが見えたからといって、他の霊的なもの全部が見えるようになった訳じゃないんだな。敏史の衛はちょっと見てみたかったから残念だ。まあ、朝も見えなかったんだから見える訳はないか。納得。
◇◇
「なあ、だーさん」
二人と別れた帰り道。暫く無言で長く伸びる影を追っていたが、俺は思いきってこっくりさんに声を掛けた。隣に並ぶ影には、今日はネコ耳が付いていない。ふわふわのベレー帽で隠されているからだ。
「なんじゃ」
歩く気は無いようで、ふよふよと浮いて進むこっくりさんが俺の方を向いた。さらりと揺れた長い髪が夕陽に煌めく。キレイだ。
「迷子って、何ですか?」
殆ど把握出来なかったこっくりさんと衛とやらの会話。それでもこっくりさんの話す声はちゃんと聞こえていて。幸か不幸かそれは日本語だった。衛に何か言われてこっくりさんは返したのだ。
我は迷子を探しておるだけじゃ、と。
「うむ。小狐が一匹、迷うておってな」
特に誤魔化すこともなくこっくりさんが答える。なんだ。別に隠している訳じゃないんだな。俺はほっと胸を撫で下ろした。教えてもらっていなかったから、秘密なのかと思った。
「探しているんですか?」
「そうじゃ」
「見つかるといいですね」
「そうじゃの」
掘り下げるでもなく短いやりとりでまた沈黙が落ちる。こっくりさんが困っているのなら、俺も手伝いたいと思う。けれどもうひとつ引っ掛かった言葉があって、俺は己も一緒に探すと言い出せなかった。
『ええい煩いのう。言われずとも、用が済んだらとっとと帰るわ』
相手が何を言ったのかは分からない。でもこっくりさんは、帰る、と言ったのだ。確かに。
戻る道は俺が穢したせいで通れなくなったのだと。そう言っていたはずなのに。
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