それぞれの道は、その先もずっと続いています
そして何も知らないヤツが大勢その会話を聞いていたのだが。則ノ内さんも俺も、互いに納得したので全く気がつかなかった。
「カー」
校庭からカラスの鳴く声がする。則ノ内さんと手を振って別れた俺は、さっさと帰り支度をして教室を後にした。
校門を出ると当たり前のように夜一が頭に降りてくる。賢い人間な俺はもう下手な抵抗はしないことにした。どうせ無駄だからだ。
「郁哉はお間抜け。あれでは肯定したようなもの」
夜一は二、三度足踏みをして腰を落ち着けると、早速煩く囀り始めた。
「何がだよ」
「郁哉は菜月とらぶらぶー」
そして座ったまま器用に、ばっさーっと羽を広げる。
「そんなバカな。ないない」
俺はケラケラ笑って否定した。だって違うって言ってきたもの。
『他学年の教室まで会いにくるなんてやっぱり!』
『下手な誤魔化し方しやがって。余裕か?』
『まさか郁哉に先を越されるとは! くっそぅ』
『やーん。あたしも中庭に行ってみようかなぁ』
『中庭に座ったからって彼氏は落ちてきません(笑)』
『だってあの斉藤に!』
夜一が変な声色で話し始めた。
「なんの真似だ?」
「わたくしは賢くて耳の良い鴉! もちろん教室の声も聞こえる」
「つまり……」
「目下、郁哉と菜月の話題でもちきり!」
夜一はばっさばっさと羽ばたいた。足はしっかりと俺の頭皮を掴んでいる。
「やめろぉぉぉっ」
いろんな意味で。俺は頭を抱えたのだった。
◇◇
何事もなく、いつも通りに夕飯を終え、風呂に入って部屋に戻る。いつも通りにこっくりさんはベッドへ、俺は床に敷いたお布団へ。とはいえ寝るにはまだ少し早いので、それぞれ座ってとりとめもない話をする。ちょっとだけ宿題をしてみたりもする。俺は勉強があまり好きではない。
「びっくりするくらいいつも通りですね」
時計の針が十時を指す頃、俺は堪らず切り出した。こっくりさんがいつも通りすぎるのだ。
ゆきを則ノ内さんに預け、後を夜一に託した。となれば、用の済んだこっくりさんはもうあちらに帰るはずなのだ。それなのに、そのことについて一言も話そうとしない。
「まさかもしかして、俺が寝ている間に黙っていなくなるつもりだったりします?」
こっくりさんは驚いたように俺を見て、困ったように笑った。
「我は郁哉と離れられぬ。知っておろう?」
「知っていますよ。俺がこっくりさんを
こっくりさんが頷く。でも俺は頷けない。
「でもそれ、嘘でしょ?」
「我は嘘はつかぬ」
俺は深く息をついた。この期に及んでまだそんなことを言うのか。悲しいのか悔しいのか、それとも腹立たしいのか分からない。このたったの五日間が、俺にとってそうであるほどこっくりさんにとって重要ではないということが。
「通ってきた道はもう通れない。半端な契約で離れられない。でも、それなら違う道を帰ればいいし、多分だーさんは契約を解除する方法を知っている。そうですよね?」
「何故そう思う」
静かに。こっくりさんが言った。唇には薄い笑みが浮かんでいる。否定はしてくれない。こっくりさんは、嘘をつかないから。
「だーさんが、敏史に憑いている
頭の上の夜一がぴくりと震えた。
「ふふ」
こっくりさんが声を出して笑った。静かで穏やかな、吐息のような声だ。
「郁哉はぼーっとしているように見えて、案外考えておるのじゃな」
「ちょっとそれ失礼ですよ」
俺も笑ったけれど、乾いた笑い声しか出てこない。
「褒めておるぞ? 我は郁哉の性質を好いておる」
こっくりさんは穏やかだ。自信があるから揺るがない。俺は、自信なんか無いからぐらぐらと揺らいでしまう。
「また誤魔化そうとしています?」
「めげぬの」
「めげません」
こっくりさんは俺をじっと見て、それから袂を探った。取り出されたのは、こっくりさんで使った紙と十円玉だ。
「世の中にはの。知らなくてもよいことが山ほど在る。過ぎた好奇心は身を滅ぼす。
俺は二人の間に置かれたこっくりさんの道具に視線を落とした。ふざけてそれをやったのが、随分前のことのように感じる。たったの五日間だったのに、もうずっと長いことこっくりさんを知っていた気がする。
ああ、違うな。こっくりさんじゃなくて荼枳尼天だった。位の低い狐狗狸じゃなくて、強くて貴い神様だ。だから、己の匂いなんか辿らなくても目指す方に進める。
でも、それでも。俺にとって、こっくりさんはこっくりさんだった。
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