さようならのお約束
聞いておきたいことはありませんか?
「無論」
こっくりさんは静かに続ける。
「道など用意されずとも、我は自由に好きな方に進める」
俺は息を詰めてそれを見守った。
◇◇
眷属の気配がひとつ、庭から消えた。荼枳尼天は読んでいた書面から顔を上げて辺りを見回した。
「のう」
丁度追加の書状を運んできた
「誰ぞゆきを連れ出したか?」
「いえ。そのような報告は受けておりませんが」
返された答えに荼枳尼天は頷いた。勿論承知しているのだ。ゆき以外に、庭から出た気配は無い。
「そうか。ちと様子を見て来る。今は急ぎの案件は無かったの?」
荼枳尼天は手にした書簡を丸めて文机に置いた。同じようなものが幾つも並べられている。急ぎのものは無くとも、捌くべき事案は山積みだ。眉が僅かに上がったが、漏れかけた溜息はすんでで呑み込んだ。
「承知しました。今は急ぎのものはございません。どのくらいお留守にされますか?」
白狐は恭しく礼を取り予定を尋ねてくる。
「そうよの。首尾よく見つけられれば直ぐに戻るが……。万一隠れられると厄介じゃ。まあ、どちらにせよ七日の内には一度戻ろう」
再び礼を取る白狐を前に荼枳尼天は立ち上がった。こうしている間にもゆきは迷うかもしれぬ。少し前からこっくりの呼ぶ声が聞こえていた。あれにつられてしもうたか。
「こちらからの連絡は夜一様にお願いしたので宜しいでしょうか」
「そう致せ。あれは我の気配を辿れる」
「御意」
三度
◇
思った通り、こっくりの道にはゆきの気配が残っていた。けれどもうその姿は無い。
「既に抜けてしもうたか」
荼枳尼天は焦りを感じつつ狭くて暗い道を抜けた。
「はて」
抜けた先には誰も居なかった。荼枳尼天は首を捻る。
こっくりというのは、ひとが此方に問いを掛ける儀式だ。呼び出された狐狗狸がその問いに答える。その手順を何度か繰り返した後に狐狗狸を帰して終いとする。それゆえ、ある程度の時間を要する。招じて直ぐに閉じるということがあろうか?
「もしや何ぞ罠でも掛けられたか」
荼枳尼天の美しい眉が顰められる。辺りを探ると術を仕掛けた者共が散ってゆくところだった。ゆきは既に隠れたか拐かされたか、僅かな残り香しか捉えられない。
「ちと面倒なことになったのう」
嘆息した荼枳尼天は、術者の一人を追った。
◇◇
「かなり警戒して近づいたのじゃがの。向かい合うてみれば、害の無さそうな凡庸な童で」
「本当に失礼ですよ」
慈しむような笑みで話すこっくりさんに悪意が無いのは分かっていても、傷つくものは傷つくのだ。俺は顔を顰めた。
「じゃから褒めていると言うておるに」
こっくりさんは声を立てて笑った。それからまた真面目な顔に戻る。
「とはいえ、ゆきを攫うたかもしれぬ輩じゃからの。捕らえておいた方がよいと思うて」
「まさかワザと……」
ニヤリと。こっくりさんは笑った。
「それはもう、びっくりするほどこちらの思惑通りに」
「うわぁ」
俺はがっくりと肩を落とした。信じられない。まさか最初から全部謀られていたなんて。
「じゃあ、俺が間違った道具を使っていたのも……」
「うむ。知っておった。どうやって
あ、あはは。
俺は相当ちょろかったんだな。情けない。だけど、あっけらかんとしたこっくりさんの態度を見ていると、なんだか却ってバカらしくなってきた。
「それで、その契約はどうやって解くんですか?」
「容易いこと。ただ元を絶てばよい」
そう言ってこっくりさんが手をかざすと、ベッドの上に置かれた紙から炎が上がった。青白く揺らめく、割と勢いの強い炎だ。
「う、わああぁぁぁっ。ベッドの上で焚き火はダメぇっっ!!」
急に火をつけられて俺は焦った。早く消さねばと、燃えている紙と十円玉に手を伸ばす。冷静に考えれば燃え盛る火に手など出しては危ないのだが、咄嗟のときには考えが及ばないものだ。
青白く、およそ熱など感じさせない炎は、しかし十円玉を半ば熔かしている。俺の指など一瞬で消し炭、どころか消えてなくなるだろう。けれどそこに思い至らない。
「容易いが、郁哉のような力の無い者が行ってはならぬ。
こっくりさんがふっと小さな息を吐く。すると伸ばした俺の指と炎の間に
炎と混ざって逆巻く風は一度大きく膨れ上がり、やがて圧縮されてこっくりさんの手のひらの上に消えた。
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