こっくりさんの個人的なことを訊ねてはいけない
「え。今、通れませんでしたけど」
俺はぽかんと聞き返した。
「まあよいから潜ってみよ」
再度言われて渋々立ち上がる。
「えー。だって、全然進めなかったのに。こう、透明な壁があるみたいにさあ」
ぶつぶつ言いながら足を出す。すると。
「え?」
あ、あれ?
「ええーっ嘘。なんで? さっきは確かに」
あっさり通り抜けられちゃったぞ。なんでだ。
俺はびっくりして通った出入り口を振り返った。四角い空間と己の足の間に何度も視線を移してみても、どちらも何の変哲もないそれだ。通れなかった理由も通れた理由もとんと分からない。途方に暮れてこっくりさんを見る。
「そのまま進んでみよ」
「う? うん」
訳が分からないけれど、こっくりさんに言われるまま一歩ずつ進んだ。と。
「あ、あれ?」
数歩進むとまた壁に阻まれるように進めなくなった。え。なんで?
訳も分からず振り返れば、こっくりさんは教室のなかから手招きしている。俺は大人しく従った。扉を閉めた教室でこっくりさんと向かい合わせ椅子に座る。
「先刻、共に儀式に臨んだであろ?」
こっくりさんが話し始めた。ますます暗くなった教室では、すぐ傍に座っていても表情が窺い難い。髪や着物が僅かな光を吸って白く浮き上がる分、顔や足元は反対に黒く滲む。けれどこっくりさんの声が穏やかに響くので、俺はほっとしてこくんと頷いた。
「あれは一種の契約のようなものじゃ。取り決めをして、事が成れば白紙に戻る。じゃが我らは成せなんだ。それゆえ結んだ
ハナレルコトカナワヌ……とは?
頭のなかでハテナマークが乱れ飛ぶ。意味が分かりません。
「分かり易く言えば、おぬしは我から離れられぬのじゃ。そうよのう。精々三尺ほどであろうかのう」
首をあっちにこてん、こっちにこてん、としているとこっくりさんが教えてくれた。すごく分かり易く。分かりたくない内容を。
ええっと。一尺って、確か三十センチくらい。てことは、三尺で一メートル弱。一メートル……。
「ほぼ、べったりなのでは……」
「そうよの」
こっくりさんはあっさりと頷いた。
俺は頭を抱えた。
道を歩いても、教室で座っていても。いつもお傍にこっくりさん。
困る。それは困るぞ。考えてもみろ。どこに行くにもこっくりさんがべったりでは目立ってしょうがない。目を引く衣装だし。超キレイだし。ネコ耳だし。なんなら尻尾もあるし! そもそも教室に部外者が入って大丈夫なのだろうか。
うわぁ。どうすれば!?
「言うておくが」
抱えた頭の上から、こっくりさんの抑揚のない声が降ってくる。
「我は被害者ぞ」
あ。また怒って……。
「我が道を辿れぬようになったのも、ふたり離れられぬようになったのも、おぬしのいい加減なまじないのせいぞ?」
顔を上げると、こっくりさんが冷たーい目でこちらを見ていた。なんで表情が分かったのかというと、びっくりするくらい近くに顔があったからだ。それはちょっと近すぎませんか。こっくりさん。
「頭を抱えたいのは我の方じゃ。よう考えてみい。おぬしは、我がくっついているだけでこれまでと変わらず暮らしてゆけようが、こちらはそうはゆかぬ。おぬしをくっつけて、家にも戻れず、友とも会えず……」
こっくりさんは袖口を目元に持っていき、よよと泣き崩れた。フリをした。うん。これ絶対嘘泣き。なんて分かりやすいんだ。こっくりさん、嘘泣き下手くそ。
「おぬしのせいじゃの?」
キッと睨まれて、俺は緩みかけていた頬に力を入れて尤もらしい顔を作った。
ヤバい。うっかり可愛いとか思いかけてた。危なかった。
「まったくもって申し訳ない限りで」
深々と頭を下げる。
「まあ、起こってしもうたことは致し方無い。末永う宜しゅうの。ええと、名は何と申したか」
ふん、と鼻を鳴らしてから、こっくりさんは唇に人差し指をあてた。ちょっと小首を傾げてこちらを見る。やば。かわ……。
「郁哉です。
しかつめらしい顔をするものの、油断すると頬が緩みそうになる。さっきからなんだか、こっくりさんが思い掛けず可愛いくて困る。おかしいな? こっくりさんって確か、悪霊だよね?
「郁哉か。うむ。では郁哉、宜しゅうな」
「え」
「なんじゃ。まだ何ぞ不満があるのか。よいか? 我が帰れんようになったのは……」
「ああ、いえ。そうではなくて」
俺は手と首をぶんぶん振ってこっくりさんのご高説を遮った。
「俺、いえ、私もこっくりさんのお名前を知りたいなあ、と思いまして」
へらっと笑って名前を訊いたものの、こっくりさんがあまりにも長い間沈黙するので不安になってくる。
え。あれ? しちゃいけない質問だった? 名前を訊いただけなのに……。あ。名前を知られたら操られる的なマンガ読んだことあるな。もしかしてそれ? それなの? ヤバい。俺、がっつり名乗っちゃったんですけど!
「……名は、無い」
やっぱりそっち系!?
胸の中に、ひゅるる〜と乾いた風が吹いた。
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