迷子探しの決まり事

まずは情報を出し合いましょう

「カラスだわ」


「カラスね」


「カラスだな」


 食卓についた面々が俺の頭上を見つめる。


 カラスなのかよ……。


 忌々しいことに、俺以外の全員が闖入者を確認した。なんと父さんにもちゃんと見えているらしい。それなのに、一番被害を被っている俺にだけ見えないとはどういうことだろう。解せない。鏡に映して見るのも、なんだか負けたような気がして嫌だ。


「お初にお目に掛かります。わたくし、夜一と申します。こちらの貴き御方の従者を務めてございます」


「「「こんばんはー。はじめましてー」」」


 みんなが元気にご挨拶している。うちの家族は礼儀正しいのだ。でも、まずはカラスが喋っているってことに慄こうか? 危機感が無さすぎるぞ。大丈夫なのか、うちの家族。


「これからもたまに伺うことがあろうかと存じます。ご迷惑にならぬよう努めますゆえ、何卒よしなに」


 夜一もなんだか殊勝じゃないか。俺のときと態度が違いすぎはしないか。


「どうです。夜一さんもイケる口で?」


 父さんが一升瓶を掲げた。昨日飲み切ったくせに、また補充されたらしい。喋るカラスに慄くどころか、歓迎ムードがムンムンしている。


「いえそんな。わたくしは従者ですのに」


 夜一は一応引いて見せるものの、うずうずしてるのは丸分かりだ。頭の上でもそもそ動くんじゃない。結構痛いんだぞ。

 俺からは見えないのだけれど。夜一はチラッチラこっくりさんを盗み見たようだ。そして、こっくりさんが頷くとぱあっと瞳を輝かせる。夜一はばっさーっと羽を広げて喜びを表したいところだったが、食卓なので我慢した。他人の頭に陣取る割には分別というものを心得ているらしい。


「……宜しいので?」


 夜一がおずおずと訊くと、


「もちろんですとも!」


 父さんが親指を立ててニカっと笑う。


「今日はじゃんじゃんいきましょう!」


「「おおー」」


 こっくりさんも夜一もノリノリだ。母さんも二本目の一升瓶を掲げてにこにこしている。前回の反省を踏まえて今日は多めに準備したようだ。だけど一升瓶抱えたままくねくねするのはやめなさい。変な踊り禁止! 子供の前だぞ。


  ◇


 そんな訳で酒盛りが始まりました。


 俺のマウントを取ることよりも、酒の魅力の方が優ったらしい。夜一は姉ちゃんが用意してきたわんこクッションの頭に陣を移して枡酒をつついている。そこで俺はやっと夜一の全貌を見ることができた。

 紛うことなきカラスだ。真っ黒い、普通の、嘴太カラス。それが喋って酒を飲んでいる。大変にご機嫌である。

 あ。ダメだ。潰されているわんこの頭を見ていると、我が事のように涙が……。


「あれ? お前、昼間のカラス? だーさんと中庭で喋ってた」


 目尻を拭いながら俺は首を捻った。カラスの見分けがつくとは自分でも信じられないが、よくよく見るとなんとなく既視感がある。


「如何にも。しかしぞんざいな口は謹んでもらいたい。郁哉のくせに」


 酒で嘴を濡らしてチラリとこちらを見遣る夜一。

 なんて偉そうなんだ。他の家族たちには慇懃な態度をとっているくせに。俺にだって、最初は丁寧な口をきいていたはずなのに。俺の方こそ最初は丁寧な口調で接していたのだが、そんなことは忘れて臍を噛む。


「夜一も迷子探しを手伝っているのか?」


 窘められたことはスルーして気になることを問う。夜一もたいして気にしたふうもなく言葉を返してきた。


「いや。わたくしはもっと大切な役目を仰せつかっている。昼間はその報告に馳せ参じていたのだ」


「へえ。どんな?」


「……」


 嘴を開きかけた夜一が、ハッとして俺を睨んだ。


「だ……ぁ様。こやつ、まだ諦めておらぬようで」


「そのようじゃな」


「えーなになにー?」


 頷き合うこっくりさんと夜一に、瞳を輝かせたお花畑ちゃんが割って入る。

 母さんは黙ってろよ。面倒くさくなるだろ。


「郁哉はの。我の恥ずかしいところをほじくり返して聞き出そうとするのじゃ」


 そんな母さんに、こっくりさんはうんうんと頷きながら事情を話した。

 いやいや。こっくりさん、何言ってくれちゃってんの!? そんな言い方をしたら誤解を招くじゃないか。


「今し方も執拗に迫られて……。我が困って震えておったところを、夜一が助けてくれたのじゃ。誰にでも秘めておきたいことのひとつやふたつあろうに。のう?」


 言い方! それからその縋るような目と垂れた耳! それじゃあまるで、俺がいやらしいジジイみたいじゃないか。


「郁哉……」


 案の定、こっくりさんが垂らした釣り針に姉ちゃんが喰いついた。


「ちょっとこっちにいらっしゃい」


「ち、違……」


 にっこりと笑った姉ちゃんの目が怖い。ちくしょうこっくりさんめ。ニヤニヤ笑ってるんじゃないよ。絶対ワザとだろ。



  ◇◇



 姉ちゃんにつねられた頰っぺが痛い。


 理不尽だと思う。

 お酒も入ったこっくりさんはご機嫌で、俺の背をばっしばっしと叩く。夜一は酒に飽きるとまた俺の頭に戻ってきて、わしわしと足踏みをして座り込む。

 解せない。この場でのカースト底辺は、従者である夜一のはず。それなのになぜ、俺の頭がそいつの巣になっているのか。


「お前は調子に乗るな」


 上を向いて威嚇してみるが夜一は動じない。が傾いても、落ちもしなければバランスを崩して焦る様子もない。何者なんだ夜一。こっくりさんといい、只者ではない雰囲気がぷんぷんしている。


「それで」


 いろいろ探ろうと頑張ってみたが、どうにも分が悪い。しょうがないので話題を変えることにした。


「迷子はどうやって探すつもりなんですか?」

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