似顔絵を作ってみましょう

「迷子?」


 俺の言葉に、酒に夢中のこっくりさんではなく、いなり寿司をつまんでいた姉ちゃんが反応した。


「迷子がいるの?」


「そうなんだよ。小狐が一匹、迷子になってるんだってさ」


「小狐ちゃん!」


 あ。姉ちゃんにスイッチが入った。ゆうべのキツネ耳に匹敵するヨダレの垂らし様。


「ねえねえだーさん」


 目を輝かせた姉ちゃんが声を掛けると、こっくりさんは酒枡から顔を上げた。

 なんでだ。俺のことは無視したくせに。


「なんじゃ?」


「小狐ちゃん、迷子なの?」


「うむ」


 枡を置いたこっくりさんがしゅん、とネコ耳を垂らす。


「ひうっ」


 変な声を出した姉ちゃんは目眩を感じたように仰け反った。額に翳した手の下の瞳がうっとりと潤む。


「……」


 これはヤバいな。妄想が暴走のお花畑ちゃんがもう一匹。蛙の子は蛙であったか。


「此方に迷い出てしもうての。その上、怯えて隠れてしもうたのじゃ。ちと、探すのに難儀するのう」


 胸を押さえてよろめく姉ちゃんに構っていては話が進まない。お花畑は景色として放っておこう。


「広範囲を探すならビラとか作ってみたらどうでしょう。その子はだーさんみたいに人によって見えたり見えなかったりします?」


「うむ」


「そうなると大分厄介ですね。でもだからこそ探す目は多い方がいいと思います。写真とか?」


 迷子探しのビラにはまず写真だ。けれどこっくりさんは首を振る。


「ですよね。無いですよね」


 妖怪が写真撮りまくってたらそれはそれで奇っ怪だしな。しょうがない。


「どんな感じです? 普通の狐の赤ちゃん?」


 写真が無いのなら似顔絵だろう。紙とペンを引き寄せて問うと、こっくりさんは首を傾げて人差し指を唇にあてる。


「そうよなあ。姿自体はそこらの狐と変わらぬが、ちと小さいかのう」


「小さい?」


「うむ。このくらいじゃ」


 そう言ってこっくりさんは手のひらを上に向けた。


「手乗り!?」


 それは恐ろしく可愛いんではないか。姉ちゃんや母さんじゃなくても妄想が走りだしてしまう。迷子のみならず誘拐の可能性……。


「ねえ郁哉。それは何?」


 どうやら気を取り直したらしい姉ちゃんが俺の手元を覗き込んだ。


「何って小狐だけど」


 ぽん、と。肩に手が置かれる。首を振った姉ちゃんは慈愛のこもった目で俺を見下ろした。


「その絵で見つかるのはわたがしくらいだわ」


「ええっ……」


 そんなばかな。俺は愕然として己の描いた絵を見つめた。これは……小狐かわたがしかと訊かれたら、わたがし。なんてことなの。


「見、見た目が変わらないなら、画像検索して似てる子を見つけましょう!」


 スマホを取り出して画面を探る。初めからこうしておけばよかった。要らん恥を晒してしまった。


「どの子が似てます?」


 開いた画像をこっくりさんが覗き込んだ。画面にはもふもふの小狐が様々なポーズで並んでいた。

 ヤバい。可愛い。これは姉ちゃんじゃなくても鼻の下が伸びるというものだ。

 俺が頷いていると、こっくりさんが画像のひとつを指差した。


「これが近いかのう。ゆきは、名の通り真っ白なのじゃ」


「まっしろ……」


 うん。ヤバいな。姉ちゃんの夢がまた暴走気味だ。目がとろんとしている。


「姉ちゃん」


 声を掛けると、姉ちゃんははっとしたように表情を引き結んだ。なんとか理性を保てたようだ。


「この子を見失ったのはどのあたりです?」


「郁哉の学校じゃ。昨日の夕刻のことじゃの」


 聞き取りをしながらわたがしもどきの隣に書き出していく。自分が書いた文字を読み返しながらふと気になった。


「昨日の夕方ってことは、こっくりさんと一緒に来たんですか?」


「……違う」


 なんだこの間は。こっくりさんの反応がおかしい。この質問はNGなのか? どこに地雷が埋まっているのかまったく以って分からないな。

 こっくりさんはすっと目を逸らし、夜一がガシガシと頭をつつく。やめろよー。

 掴んで引き離そうとするのに夜一はびくともしない。なんなのー、もう。


「郁哉」


 掴んだ手をつついてくるのではたこうとして空振りし、ムキになっていると声を掛けられた。


「はい?」


 こっくりさんが目を細めてこちらを見ている。


「おなごを乱暴に扱うのは感心せぬ」


「は?」


 してませんが? 俺はきょとん見返した。すると、こっくりさんのキレイな指が俺の頭上に向けられる。


「夜一はおなごぞ?」


「え?」


 だって、乱暴だしおっさんくさい喋り方だし名前夜一だし、真っ黒よ?


「どこが女? いてっ。痛い痛い痛いってぇー」


 ガシガシと夜一が頭をつつく。ついでに毛を毟っていく。


「やめてごめん! 禿げるからぁーっ」


 若いからって油断していたらすぐにつんつるてんになってしまう! 涙目の俺に姉ちゃんの冷たい言葉が浴びせられる。


「自業自得ね」


「そうじゃな」


 こっくりさんも冷たい。夜一も含めた女三人は完全に敵に回り、頼みの父さんは賢明にもそっと目を逸らせたのだった。


「あらあら仲よしねえ」


 中立国家の母さんは何か別のものを見ているようであてにならない。


「たすけてー」


 俺はなんとか頭髪を死守しようと頭を抱えた。

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