他の人にも協力を仰ぎましょう

 ちゅんちゅん、と。スズメが可愛らしく朝を告げる。さっさと起きたこっくりさんがカーテンを開けたおかげで、部屋にお日様の光が降り注ぐ。


「眩しい……」


 俺は布団に潜り込んだ。頭の先だけ少し出して、暖かい毛布の下で丸くなる。スマホのアラームが鳴ったのはまだ一回。あとスヌーズ五回分くらいはいける。最初から一回目のアラームで起きるつもりなど無いのだ。まだ大丈夫。それなのに。


「さっさと起きぬか。だらしのない」


 ちょっとだけ出た頭をカツカツと嘴がつついた。


「んー……」


 寝起きで正しく状況を判断できるほど、俺の頭は出来がよくない。痛いというほどではないが鬱陶しいそれを払おうと手を伸ばす。


「あれ?」


 けれど、頭の上で手を振ってもなんにも引っかからない。すかっ、すかっ、と空を切る手の甲に、がつっと嘴が突き刺さる。


「いてっ」


 刺さった! 刺さったよ!?


 さすがに目が覚めた。


「よーいーちー」


 がばっと起き上がり性悪カラスを捕獲、できるはずがない。小癪な鴉はふわりと飛び上がり軽々難を逃れた。


「なんとも汚いことだな」


 部屋の隅でホバリングしながらそしられても、俺に抗する術はない。なんの変哲もない男子高校生が得体の知れないカラスに勝てる道理がないのだ。

 それに相手は女の子。乱暴な手立てを講じてはいけない。俺は昨夜針の筵のような視線に晒されて、それを嫌というほど思い知った。


「あと三十分は寝ていられたのに……」


 心地好いお布団はもう戻ってこない。乱暴に掛け布団をはね飛ばして起きたせいですっかり冷えてしまった。切ない。


「早起きは三文の徳と申そう」


 夜一がふんと鼻を鳴らす。


「早くはないのう」


 こっくりさんが笑いながらこちらを振り返る。


「左様で。だぁ様もご機嫌麗しゅう」


「うむ。夜一も毎日ご苦労であるな」


「滅相もございませぬ。この夜一、すべからく貴女様の御為に」


 夜一の忠誠心は素晴らしい。その心根の端っこだけでもこちらに向けてはくれまいか。俺は血の滲んだ手の甲を摩りながら布団の上に胡座をかいた。


「おはようございます、だーさん。夜一はどこから入ってきたんですか?」


 ほろ酔いのご機嫌で、夜一は「彼方あちら」とやらに帰ったはずだ。昨夜は開けた部屋の窓から出て行った。今朝こっくりさんはカーテンを開けたけれど、窓は開いていない。じゃあ、どこから。


「うん?」


 こっくりさんが小首を傾げる。

 あ。これ、答える気がないやつだ。なんとなく分かってきたぞ。こっくりさんは嘘をつけないから、知られたくない質問には答えない。


「つまらんことを言うてないでさっさと着替えよ。郁哉はシャキシャキ動くということを知らぬのか」


 そんなこっくりさんをフォローするように、夜一がばさっと羽を広げて着地した。もちろん

俺の頭に。くそぅ。定位置かよ。


「夜一が乗ってたら着替えられないだろ」


 無駄と知りつつ言ってみる。


「なんともまあ、不器用な」


 帰ってきたのは案の定腹の立つセリフだ。


「なんだとぉ」


「仲が好いのう」


「「どこ見てます!?」」


 こっくりさんが変なことを言うから、うっかり夜一とシンクロしてしまった。ほんと、どこ見てるんだこっくりさん。


「好い好い」


 こっくりさんがくすくすと笑う。それを見ているとなんだかどうでもよくなって、俺は肩の力を抜いた。


「夜一、ちょっとどけよ。着替えるから」


「仕様がないな。なるべく早うな」


 今度は夜一もあっさり身を引いた。

 ムキになるから相手も意固地になるのかな。でもどちらかというと、夜一の方からケンカを売ってくるような。


 チラッと夜一の方を見ると、目が合って威嚇された。見ただけなのになぜ……。



  ◇◇



「あら。ビラ刷り上がったのね。いいじゃない」


 こっくりさんの着替えのために姉ちゃんの部屋を訪れ、ついでに出来上がった迷子探しのビラを見せる。


 こぎつね、探しています。

 十月三十一日(月)夕方、

 一之瀬高校付近ではぐれました。

 白色。

 まだ、手のひらに乗るくらい小さいです。

 名前 ゆき。

 性格 臆病。

 無理に追いかけると怯えると思うので、

見かけた場所をご一報いただけると嬉しいです。


 昨日の画像を大きめに貼って、俺の携帯番号が載せてある。個人情報、という言葉が一瞬過ぎったけれど、迅速な連絡のためには致し方ない。


「とりあえず高校で配ってみるよ。あと、近くの店に貼ってもらえるよう頼んでみる」


「そうね。今日の午前中は講義が無いから、お店の方はあたしが当たってみるわ」


「じゃあ頼んだ。ほい」


「任せて。はい」


 姉ちゃんにビラを何枚か渡すと、にっこり笑って紙袋を差し出された。

 はいはい分かっていますよ。お着替えですよね。


 俺は大人しく紙袋を被った。

 そのときばかりは夜一も、頼みもしないのにさっさと頭から飛び降りたのだった。そしてずっと、膝の上に蹲っていた。なんとしても俺を止まり木にしたいらしい。じっと丸まっている分には暖かくて悪くないんだけど。トリの爪って結構痛いんだな、って学んだ。

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