些細な情報にも気を配りましょう

 まだ起ききらない朝の町を歩く。こっくりさんと夜一のせいでちょっと早く起きたし、学校に着いたらビラも配りたいのでいつもより少し早めだ。学校へ向かう生徒や出社する会社員はまだ疎らで、歩いている人たちもいつもの時間ほどの慌ただしさは無い。通りはいつもよりのんびりと、日の光に暖められてゆく。


 こっくりさんは時々立ち止まる。そして俺には分からない言葉で花や猫や、ときには虫と話をしている。時間に余裕があるので急かす必要もない。こういうのっていいな、と思う。だけどこっくりさんの表情は冴えない。芳しい情報が出ないからだろうか。真っ白な小狐なんて目立ちそうなものなのに。


 夜一は当たり前のように俺の頭に留まっている。カラスを頭に乗せて歩いていると悪目立ちするから止めよう、と提案したのだがこのザマだ。夜一はまだこちら側には不慣れなんだから、もっと俺の言葉に耳を傾けるべきなんじゃないだろうか。


「いい加減降りろよー」


「なぜ?」


「不愉快だから」


「はて? 些かもそうは思わぬが」


「俺が思うんだよ!」


「ふむ。では不都合は無いな」


「おかしくないか」


 夜一は羽を広げて一声カーと鳴き、また腰を落ち着ける。ジョギング中らしい女性がギョっとした目で夜一を見て、それからくすりと笑った。


「ずいぶん懐いてるのねえ。可愛らしいこと」


「カー」


「あら、お返事もできるの? 賢いわねえ」


「バカです。バカで乱暴者です。いてっ。痛いって、夜一!」


 うちの母さんよりも少し若そうな女性は一瞬目を丸くして、またくすくすと笑いだす。


「ほらね。乱暴なんです」


「そうね。賢くて、甘えん坊さんなのね。仲よしねえ」


「「はあっ!?」」


「え?」


 変なことを言われて夜一まで声を出してしまったせいで、ゆっくりめのジョギングで俺と並走していた女性が立ち止まった。


「今、喋っ……」


 口元に手を当てて目をぱちくりしている。

 ……ヤバい……。


「っ……ですよー。お姉さんがおかしなこと言うから、変な声出ちゃった。あははっ」


 なんとか誤魔化せ。認めるな。


「え?……でもカラス……え?」


「カー」


「あ、あれ?」


「あ。僕こっちに行きますけど、お姉さんは?」


 ちょうど角に差し掛かったので、行き先を指差しながらへらりと笑う。女性は首を捻りながらも逆の道を指した。


「え? ああ、私はこっちに」


「そうですか。じゃあ、お気をつけて」


「え? ええそうね。……?」


 まだ不思議そうに夜一を見つめる女性から逃げるように角を曲がる。ひええ。

 早足で遠ざかり、周りを確認してから上を向いた。やっぱり夜一は落ちない。小賢しいヤツめ。


「よーいーちー」


 夜一は俺が怨めしげに呼んでも涼しい顔だ。それどころかバッと羽を広げて胸を張る。


「わたくしは賢い鴉! 普通のカラスのフリも完璧!」


 どの面下げてそんな寝言が吐けるのか。


「どっこも完璧じゃない。人の頭に留まってるだけでも十分アヤシイのに。せめて喋るな!」


「郁哉の分際で煩い」


「なんだとぅ」


「ほんに、仲がよいのう」


 そんな俺たちを黙って見ていたこっくりさんが、可笑しそうに笑った。


「「だーさんまで!?」」


 ちくしょう。また被ってしまった。


「夜一は喋るな」


「郁哉は煩い」


「好い好い。仲のよいのはよいことじゃ」


「「だから!」」


 人も疎らな朝の町。長閑なスズメの声に混じって喧嘩じゃれあいの声が響く。でも、見ようによっては一人で騒いでいるヤバい奴にも見える訳で。

 恥ずかしくて気色の悪いその状況に気づけたらよかったんだろうけれど、知らぬが仏とも言いますし。

 まあ、いいか。


  ◇◇


 校門をくぐるとそれなりに賑やかだった。俺は部活に入っていないから縁がないが、朝練に勤しむ部は多い。

 喧騒のなかを校舎に向かう。部活を回ろうかとも考えたが、練習を中断しては悪いと思い直す。


「ふむ。おかしいのう」


 隣を歩くこっくりさんが顔を顰めた。今日はカーキ色のロングスカートに白く透けるブラウスだ。ふんわりとして優しい印象で、よく似合っている。

 ちなみにネコ耳は収納されていて帽子はナシだ。どういう仕組みで耳や尻尾が隠されているのかは分からないけれど。実は帽子を被らないのなら和装で大丈夫なのだが、そこに気づいてはいけない。こんなに可愛いこっくりさんを堪能する機会を逃してなるものか。


「どうかしましたか?」


 俺は立ち止まってこっくりさんを覗き込んだ。頭を傾けてももちろん夜一は落ちない。こっくりさんは左の腕で右肘を支えて拳を口元にあてている。


「一昨日と昨日はゆきの気配がしたのじゃ」


 はっきりどこにいるとは分からなくても、なんとなく雰囲気は感じていたのだという。


「それが今日は全く無い」


「え」


「これは居処を変えたかも知れぬのう。厄介な」


 え。ええーっ。


「そうなると、郁哉のビラが頼りじゃ。宜しゅうの」


 廊下の窓から吹き込む秋風に、こっくりさんの溜息が混じった。

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