思い込みは禁物。まさかと思う場所にあるいは……

「なんだこれ、かわえー」


「え。見つけても触っちゃダメなの? 逃げちゃう? マジで?」


「手に乗るの? この子が? ヤバくない?」


「やーん。もふもふー。頬ずりしたい!」


 教室と校庭と。休み時間を利用して、顔見知りがいるところは粗方回って協力を取り付けてきた。幸い誰にもこっくりさんは見えず、……夜一はバッチリ見えた。


「斉藤、なんでカラスなんて乗っけてんの?」


「ヤバい。ウケる」


「学校にペット連れて来ちゃダメだぞー」


「おとなしいねー。触ってい? あーダメか。ごめんね。驚かせて」


 夜一は自称「完璧な普通のカラス」のフリで巧く躱していたので大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。大丈夫って言って!


 残念というかやはりというか、小狐の目撃証言は無い。こっくりさんもやはり気配がしないと肩を落として、手当たり次第のものに話しかけたが手掛かりは得られていなかった。


「みんな好意的に請け負ってくれてましたし、きっと情報も集まりますよ。あとは帰りに職員室に寄って先生たちにも聞いてみましょう」


 中庭に並んで座り、空を見上げる。やっぱり夜一は落ちないので、もう気にしないことにした。風が葉を落とした桜の枝の間を吹き渡ってゆく。その先にある青空はとてもキレイだ。


「何処に隠れておるのかのう。独りでは心細かろうに」


 こっくりさんも空を仰ぐ。枝の先にしがみついて揺れる葉を眺めて溜息をつく。強めの風が吹いて、二人の間に置いていたビラを舞わせた。


「あ」


 散らばったそれを慌てて拾う。一度、座ったままのこっくりさんに引っ張られて後ろによろけた。ぼんやりと空を見ていたこっくりさんは、それを見て慌てて傍まで来てくれた。


「すまぬの。ぼんやりしておった」


「構いません。心配ですよね。早く見つけてあげましょうね」


「うむ。そうじゃの」


 笑いかけると、こっくりさんは笑みを返してくれる。だけどどことなく元気がない。早く見つけてやりたいな。そのためにはまずはビラまきだ。風に飛ばしたらもったいない。あちこちに飛ばされたビラを集めて回る。中庭の端で最後の一枚に手を伸ばしたとき、別の手がそれを拾い上げた。


「こぎつね」


 ビラを拾い上げたのは小柄な女子だった。黄色い名札だから一年生かな。「則ノ内」とある。ええと、そくのうちさん、かな? 二つに分けて耳の下あたりでゆったりと束ねた髪は、名札が隠れそうなほど長い。


「あ、えっと。迷子なんだ。もし見かけたら、そこの番号に連絡もらえると嬉しい」


 面識もない子ではあるが,探す目はひとつでも多い方がいい。せっかくビラを拾ってもらったんだし、これも何かの縁だろう。


「知らない番号に電話するの抵抗あったら、大崎先生に言付けてもらってもいいからさ」


 その子はじっとビラを見ている。


「よかったら友達にも……」


 興味は持っていそうなのに、こっちの話に乗ってこないのはどうしてだろう。則ノ内さんは両手で掴んだビラを凝視したまま動かない。


則ノ内そくのうちさん? どうしたの?」


「すのうちです」


「え?」


「私の苗字、すのうちって読むんです。則ノすのうち菜月なつきです」


 伏せていたまつげをあげて則ノ内すのうちさんがこちらを見る。


「あ、そうなんだ。俺は斉藤。斉藤郁哉。よろしくね」


「はい」


「……」


 いかん。話が続かない。知らない女子と楽しくお話しするスキルが俺には無い。


「じゃあ、もし見かけたら知らせてくれるかな。よろしくね」


 踵を返そうとした俺を則ノ内さんが呼び止めた。


「あの。この子、狐なんですか? 犬ではなく?」


 まあそうだよね。小犬に見えるよね。俺も思ったー。子供のときの姿を見ると、イヌ科だという姉ちゃんの言葉にも納得する。ネコもく……のことは、考えない。自分が阿呆みたいに思えて切なくなるからな。

 ひとりうんうん頷いて則ノ内さんを振り返った。


「うん、そうだよ。俺も実際には見てないんだけど、保護者がそう言ってた」


「先輩のペットじゃないんですか?」


 則ノ内さんは少し驚いたように訊いてきた。そうだよな。連絡先も俺の携帯だし、うちのペットだと思っても仕方がない。


「うん。頼まれたんだ。その人すごく心配してるから、見つけたらマジで教えて」


「そうなんですか」


 則ノ内さんは再びビラに目を落として黙り込んだ。俺は話しかけるネタも思い浮かばないので沈黙が落ちる。いったいどうすれば。こっくりさんを振り返っても、なんかぼんやりと則ノ内さんを見ていてあてにならない。よし。こうなったら。


「夜一」


「カー」


 うんそうね。正解です。則ノ内さんの前でべらべら喋りだすとかダメに決まっている。つまり助け舟は無い。頑張れ俺。


「えっと。則ノ内さん? もしかして心当たりとか?」


 声をかけると、則ノ内さんははっと顔を上げた。俺を見て、こっくりさんを見て、それからぺこりと頭を下げる。


「すみません。失礼します」


 そしてこちらが反応するより早く校舎に駆けて行ってしまった。


「なんだったんだ」


 訳が分からないが、考えて答えが出るものでもなさそうだ。俺はぺちんと頰を打って気合いを入れた。

 さあ。残りのビラを配るのだ!

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