迷子も動き回っています。いなかった場所もまた確認してみまょう

「あの娘」


 こっくりさんは則ノ内さんが消えていった渡り廊下の方をじっと見つめた。乾いた風が吹いて長い髪の毛を揺らす。


「ん? どうかしました?」


 俺は握った拳を下ろしてこっくりさんに顔を向け、少し首を傾げて覗き込んだ。


「微かにゆきの匂いがしたような」


「え!?」


 俺は慌ててこっくりさんの視線の先を追う。けれど生憎、校舎の中に消えた則ノ内さんはもう見えない。


「え? ほんとに? あっさり別れちゃダメじゃないですか!」


 言いながら足はもう走りだす。こっくりさんもついてきてくれたので、今度はよろけたりしなかった。


「まだいてくれよー、則ノ内さん!」


 そんなに時間が空いた訳でもない。それでもいくつかの棟を繋ぐ校舎は入り組んでいて、どの角を曲ったのか分からなければ追いようもない。則ノ内さんは見つからなかった。

 違う学年の一面識もない異性のことなんて分かるはずがない。見失った則ノ内さんを探すのは難しい。なので。


「せんせー。一年の則ノ内さんって何組?」


 職員室に行って担任の大崎に訊いてみた。


「お。なんだ斉藤。一目惚れか?」


 つまらない詮索が返ってきた。


「違うし。ちょっと探しているだけです。で、何組?」


「ストーカーか……」


 大崎が腕を組んで唸る。飛躍しすぎじゃないだろうか。なんでそうなるんだ。


「それも違ぁう。これこれ。なんか知ってるっぽいんだけど、ちゃんと話が聞けなくて」


 言いながら俺は迷子探しのビラを渡した。ついでに周りの先生たちにも配る。


「ほう。これは可愛いな」


「でしょ? 早く見つけてやりたいんだけど手掛かりがなくてさ。則ノ内さんが何か知ってそうなんだよー。だから教室教えて」


 大崎は頷いて、それから首を振った。


「なるほどよく分かった。でもダメだ」


「え。なんで?」


 クラスくらい教えてくれてもいいだろうに。

 俺が顔を顰めたのを見て大崎も眉間に皺を寄せた。


「生徒のクラスくらい、って思っただろ? 俺もそう思う」


「じゃあなんで。え。まさか本当にストーカーだと疑われ……」


 慄く俺の両肩に手を置いて、大崎は溜息をついた。


「いいか斉藤。昨今の個人情報保護に対する世論は厳しい。本人以外には如何なる情報も漏洩できない」


「え」


 そんな大事おおごとか? これ。


「学校や教師に対する保護者の目は更に厳しい。分かってくれ、斉藤」


 マジかよ……。


 大崎は迷子探しに関しては部活の生徒たちにも当たってみると請け負ってくれた。大崎は陸上部の顧問だ。

 しょうがない。則ノ内さんのことはもう一回校内を探してみよう。一年の教室をしらみ潰しにするという手もあるが、それは則ノ内さんに迷惑がかかるかもしれないから却下だ。それにしても世知辛い世の中だな。

 肩を落とす俺の頭の上で、夜一が羽を広げてカーと鳴いた。


「斉藤、学校にペット連れてきちゃダメだぞ」


「……ペットじゃないです」


 俺だって出来ることなら頭からどいてもらいたい。だけど夜一は俺の言うことなんて聞きやしない。ペットなら躾けようもあるだろうが、敵は俺を下に見ている。生徒指導に無理やり引き剥がされるならそれもアリかもしれない。

 俺はいろいろ黄昏れながら職員室を後にしたのだった。


  ◇


 それから探し回ったけれど結局則ノ内さんは捕まらなかった。放課後、人の少なくなった廊下をとぼとぼと歩く。並んで浮かんでいるこっくりさんの尻尾もなんだか元気がない。


 知り合いを訊ねて回れば、則ノ内さんのクラスはあっさり判明した。個人情報保護の波は生徒側にはあまり浸透していなかった。

 則ノ内さんは部活には入っていないらしい。下校前に捕まえようと、ホームルームが終わってすぐに教室を訪ねてみた。だけどもう帰った後で。放課後は割と図書室にいるようだと教えてもらってそっちも覗いてみたけれど、残念ながら空振りだった。

 則ノ内さんは相当な本好きで、授業中以外はずっと本を開いてるとかなんとか。俺は本を開けば五分で眠くなるので理解できないが、世の中にはいろんな人がいるものだ。


「まあ、手掛かりはできたんだから」


 こっくりさんの元気がないせいでちょっと虚勢を張ってしまう。二人ともが落ち込んでいてはどうにもならないからな。


「そうじゃの」


「明日も則ノ内さんのクラスに行ってみましょう。大丈夫。きっと見つかりますよ」


 耳も尻尾も垂れているこっくりさんをどうにかして元気づけたい。両方とも隠すのを忘れて気持ちがだだ漏れになっているじゃないか。


「だーさんがそんな顔をしていたら、見つけたゆきが不安がりますよ」


 笑いかけると困ったような笑顔が返ってきた。耳はまだしゅんとしているけれど、尻尾は少しだけ持ち上がってゆらゆらと振られている。


「その調子です。どこでゆきが見てるか分かりませんからね!」


「そうじゃな」


 これは相当堪えてるんだろうな。

 おーい、ゆきー。早く出て来ーい。

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