かくれんぼのお約束
おおよその範囲は決めておいた方がいいでしょう
則ノ内さんの自宅までは電車で三十分もかかるという。日が暮れてから女子の家を訪ねるのもアレなので、明日(ちょうど祝日でよかった)則ノ内さんの家に近い公園で会う約束をして、その場は別れた。
教室にカバンを置いたままにしていたので取りに行き、こっくりさんと並んで校門に向かう。
ちなみに夜一はもう頭の上にはいない。学校にペットを連れて来るのはマズいということを、則ノ内さんが夜一に言って聞かせてくれたのである。お陰で快適だ。頭が軽いってなんて素晴らしいんだろう。
「カー」
感動を噛み締める俺を嘲笑うかのように、校門を出てすぐ夜一が飛んで来る。全くの躊躇いも無く、夜一はそのまま俺の頭に着地した。こちらが走っていようが頭を振ろうが、些かも慌てずスムーズな着地であった。くそぅ。
◇◇
ちょっと遠いけれど、待ち合わせ場所には自転車で向かうことにした。電車を使うことも考えたが、万が一こっくりさんが見える人がいたら困るな、と思ってやめた。逃げられない空間で絡まれでもしたら事だ。
自転車の速さだとこっくりさんはどうするんだろう、と少し危惧したが杞憂だった。
「いくら見える人が殆どいないからってそれはどうでしょう」
歩いているときと同じテンションで俺の隣に浮くこっくりさんに苦言を呈す。
「耳も尾も出しておるのに何を今更」
そう返して鼻を鳴らすこっくりさんの言い分も分からないではない。だが違う。ネコ耳と尻尾は最悪コスプレで誤魔化せるが、ぷかぷか浮かれてはどうにもならないのだ。しかもまあまあ力走な自転車の隣にのほほんと浮いているなんて。
「そんなことより」
けれど残念ながらこっくりさんには伝わらないようで。
「またおぬしだけ座って狡くないか?」
「は?」
「いつもいつも。なにゆえおぬしだけ座るのじゃ」
「ええっ……」
座るって。もしかしてサドルのこと? 座らないと乗れないじゃないか。
「ええと」
俺は自転車を止めて片足をついた。そして荷台を指差す。
「後ろ乗ります?」
「よいのか?」
こっくりさんのしかめっ面がぱあっと輝いた。可愛いな、くそぅ。俺が頷くとウキウキとした様子で横座りに腰掛ける。荷台付きでよかったよ。
そしてなんと。荷台に座ったことで、至極自然にこっくりさんが移動することとなった。解決!
「じゃあ行きますね」
「うむ!」
すっかり機嫌を直したこっくりさんを後ろに乗せて、俺は再び走りだした。
◇◇
指定の公園はすぐに見つかった。葉を落とした木の下に座った則ノ内さんが、俺に気づいて視線を上げる。
「すみません。遠くまで来ていただいて」
駐輪スペースに自転車を停めて近づくと、則ノ内さんはぺこりと頭を下げた。
「こちらこそありがとうだよ。こんなに早く見つかるなんて思ってなかったからさ」
「座ったままですみません」
申し訳なさそうに眉を下げて、則ノ内さんは膝の上の空気を撫でる。もしかして。
「そんなこと気にしなくていいよ。もしかして膝の上に?」
俺の問いに則ノ内さんが頷いた。浮かべる笑みは優しげだ。そして囁くように話し掛ける。
「……銀色の髪……紅葉の着物……ふさふさの耳と尻尾。……うんそうね。すごくきれいね」
相手も何か返したらしい。俺には則ノ内さんの声しか聞こえないけれど。
「大丈夫。お迎えが来たよ。出ておいで」
則ノ内さんの撫でる空気が、ゆらりと白くぼやけた。それはゆっくりと質感を持って、手のひらに乗るほどの白い毛玉に変わる。
「ゆき」
こっくりさんが呼んだ。それに応えるように、毛玉がぴくりと震える。そして則ノ内さんが退けた手の下から、ぴょこんと小さな耳が現れた。
「……だ」
耳に続いて尻尾が現れ、次にかわいらしい顔が現れる。
こっくりさんが笑って腕を広げた。
「だきにてんさまぁー」
小さな小さなゆきは、その体に似合わないほどの跳躍力でこっくりさんに飛びついた。胸元にひしとしがみつくゆきを、こっくりさんが優しく支える。
「えーん。こわかったですぅー。だきにてんさまぁー」
「よしよし。慌てて隠れてしまうからじゃ。我も肝を冷やしたぞ。もうこんなことは懲り懲りじゃ」
「ごめんなさいー」
ゆきはびーびー泣き続け、こっくりさんはひたすら優しく小さな背を撫でる。
「好い好い。次からは気をつけるのじゃ。それにしてもちょっとの間に賢うなって。もう我の名を呼べるのじゃな」
「はい!」
こっくりさんが笑って、ゆきが得意げに胸を張る。胸を張って、えへへと笑う。今泣いた子がもう笑った。微笑ましい光景だ。
「あのぅ……だーさん?」
微笑ましい光景に水を差したくはない。ないのだけれど、気になる。ものすごく気になるのだ。
「だきにてんって、なに?」
だーさんのだーはだーりんのだー。って話じゃなかったっけ? 実はだきにてんのだー?
ていうか、だきにてんってなんなの?
「あ」
一瞬固まったこっくりさんがふにゃりと笑う。
「しもうた。我としたことが、ほっとして気が緩んだのう」
こっくりさんは泣きやんだゆきを肩に乗せて目を細めた。形のよい唇が紅い弧を描く。今さっきの緩んだ面影は消えて、冷たい美しさが際立った。
「さて、どうするか」
「荼枳尼天。
黙って座っていた則ノ内さんが口を開く。どうやら俺の疑問に答えてくれるのは、こっくりさんではなくて則ノ内さんのようだ。
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