ホームステイのお約束
繋がった縁は大切に育てたいですね
「さて菜月。ゆきが見えるかの?」
「え?」
俺はこっくりさんの質問に驚いた。だってこっくりさんは、ゆきが本気で隠れたら己でも見つけるのは難しいと言っていた。こっくりさんに見えないものが、ただの女の子の則ノ内さんに見える訳がない。
「はい」
けれど則ノ内さんは頷いた。それを聞いて、こっくりさんが満足げに笑う。
「好い。では、連れてきておくれ」
則ノ内さんはまっすぐに桜の木まで歩いて行って、枝のひとつに手を伸ばした。あっという間だ。迷う素振りさえ無い。そしてふわりと何かを掬い上げて、目の前に掲げる。
「見ーつけた」
則ノ内さんが囁くとゆきが姿を現した。
「ゆき、まけちゃったです?」
「さあ、どうかしら? 荼枳尼天様に訊いてみなきゃ」
一人と一匹は、緊張した面持ちでこっくりさんの前に戻ってきた。
こっくりさんは則ノ内さんがゆきを抱いて帰ってくるのを、ちょっと驚いたように目を
「これは驚いた。全く迷わぬとは」
それから嬉しそうに笑う。
「
「え?」
俺はこっくりさんの言葉に驚いた。
「え? 則ノ内さん、ずっとゆきが見えてたの?」
「ずっとではないです。初めは見えなくなることもあって。でも、そこにいることは分かるっていうか……見えないだけで触れましたし、膝に乗せれば重さも感じましたし」
「そうなの? 俺さっき、乗っかられてるの全然分からなかった」
「そうなんですか? あれ、なんでだろう?」
ゆきを胸に抱いたまま、則ノ内さんは広げたレジャーシートの上に座った。
「初めはというと、今はもう見えなくはならぬということかの?」
こっくりさんが訊く。則ノ内さんはちょっと考えてから答えた。
「はい、と答えられたらいいんですけど」
ゆきを撫でながら困ったように笑う。
「判断材料が少ないのでなんとも。今日はずっと見えています」
「そうか」
「はい」
緩く風が吹いて落ち葉をカサカサと揺らした。大人しく抱かれていたゆきが、ぴくぴくと耳を動かしてそれを見る。公園にはイチョウやら楓やら葉を落とす木がたくさんある。大きなシイの木もあって、どんぐりもあちこちに転がっていた。真っ黒い瞳がそれらを見つけて輝いている。
「ゆき」
こっくりさんが微笑んだ。
「いいから遊んでおいで」
「いいんです?」
ゆきの小さな尻尾がぶんぶん振られた。さっきまで深刻な顔をしていたくせに、たかが落ち葉ひとつに気を取られて忘れてしまったのだろうか。くるくると変わる感情は小さな子供そのままで微笑ましい。
「ぷっ」
俺は漏れかけた笑いを噛み殺した。でも、顔が緩むのを止められない。
可愛いな。小狐の破壊力半端ない。
「我の結界のなかだけじゃ。よいな?」
「はいです!」
元気に応えてゆきは駆けていった。
「可愛いですねえ」
則ノ内さんが目を細める。
ゆきは追いかけていった葉に飛びついて、すんでのところでするりとすり抜けられたのをまた追いかけている。
「もうほんとに」
「離れ難いかの?」
こっくりさんは相変わらず微笑んでいたけれど、たぶんもう笑っていない。何がどう違うのかは分からないのに、なぜだかそう思った。
「本来ならば、入念に身を隠したゆきは
低く静かなこっくりさんの声に、則ノ内さんは背筋を伸ばす。けれど正解が分かろうはずもなく。
「ええと。ゆきがたまたま姿を現していたから?」
自信なさげに首を傾げた。
「それは無い。我はあの日、必死でゆきを捜しておったのじゃ。それでも僅かな気配を感じ取るのが精々であった。ゆきは一度たりとも姿を現してはおらぬ。それは断言出来る」
「じゃあどうして……」
則ノ内さんは黙ってしまった。俺も腕を組んで考える。どうして?
「我らはひととは在り方自体が異なる
こっくりさんがこちらを見て笑った。険のないやわらかな笑みで、俺は詰めていた息を吐いた。そこで初めて、己が息を詰めていたことを知る。
「けれど、力も無く波長が合う訳でもないのに互いを見つけられる者たちがおる。僅かではあるがな」
こっくりさんは則ノ内さんをじっと見つめた。
「その者たちの間にはの、
「荼枳尼天様には見えているんですか?」
則ノ内さんが訊いた。それに対して、こっくりさんは肩を竦めて答える。
「言うたであろ? 余程の者でなければ見られぬと。勿論、我にも見えぬよ」
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