お互いを思いやること。そこに絆が生まれてゆきます

 ゆきが掴まえた葉を咥えてこちらに駆けてくる。手のひらサイズのゆきが咥えると姿が半ば隠れてしまうほどの大きな葉だ。


「はい。どぞです」


 一直線に則ノ内さんのところに駆けてきたゆきは、膝に乗って葉を差し出した。則ノ内さんがそれを受け取って頭を撫でると、嬉しそうに笑ってまた駆けてゆく。ゆきが掴まえてきたのは黄色いイチョウの葉だ。そして今度は風に舞う楓の葉を追いかけているようだ。


えにしはの」


 ゆきの様を愛おしげに見守って、こっくりさんは続けた。


「細い細い糸ゆえ、それと気づくことはあまり無い。じゃが大切に育めば、やがて紐となり、綱となり、互いを強く結ぶ絆となる。そしてその絆は、我らの力を高める助けとなる」


 こっくりさんはゆきを追っていた目を則ノ内さんに向けた。


「我らにとって、縁を結べる者がおれば側近くに侍って過ごすことが望ましいのじゃ。縁自体に気づくことは難しくとも、本能が離れ難いと訴える。現にゆきはそう望んだであろ。けれど我らを傍に置くことはひとの側への危険も伴う。良きにつけ悪しきにつけ、光は闇を呼ぶからの。菜月に覚悟があるのなら、その選択肢もあるのじゃ」


 則ノ内さんは神妙に頷いた。不安もあるのだろう。顔は強張っている。それでも、則ノ内さんは頷いた。


「じゃあ」


 俺は腰を浮かせて拳を握った。

 ゆきが望んで、則ノ内さんが腹を括るのなら。それならゆきは、このままここにいてもいいのではないか。


「そうじゃ。ゆきは、菜月と共に在るのが望ましい。じゃがな、郁哉」


 こっくりさんは、楓の葉を追って跳ね回っているゆきを見て溜息をつく。


「あれを、独り此方に残してゆくのは忍びない」


「あー……」


 なんか、いろいろ察してしまった。そもそもゆきがこちらで独りで立ち回れるのなら、こっくりさんは追ってきたりはしなかったのだ。赤い楓の葉を掴まえてきてこっくりさんの膝に落とすゆきは愛らしいけれど、小さくて頼りない。

 それに簡単に言ったものの、危険に対処する術が俺たちにあるのかも分からない。


「のう、ゆき」


 こっくりさんはゆきを抱き上げた。ゆきの尻尾が嬉しげに揺れる。


「はいです」


「ゆきは、菜月と離れたくないのじゃな?」


「はいです」


「では、我から離れるのはどうじゃ?」


「だきにてんさまから?」


「そうじゃ」


「や、です」


「まあ、そうじゃろうの」


 こっくりさんは笑ってゆきを下ろした。こっくりさんと則ノ内さんの間、さっきまで重箱を広げていたあたりに。


「のうゆき。ゆきはこれから、大きく強くなってゆく。その過程で、選び、諦め、堪えねばならぬことも出てくる。これはそのひとつめじゃ。選びなさい、ゆき。我と共に戻るか、菜月と共に残るか」


「えらぶ?」


「そうじゃ。どちらか片方じゃ」


 頷くこっくりさんを、ゆきは不安げな面持ちで見上げた。ふるふると震える瞳が潤む。


「ゆきはどっちもすきです」


「そうじゃな」


「ゆきは、どっちともばいばいしたくないです」


「それでも、じゃ」


 ゆきを見下ろすこっくりさんの瞳は優しいけれど、表情は厳しい。ゆきは何度もこっくりさんと則ノ内さんを見比べた。耳が垂れて、尻尾は後足の間に仕舞われる。


「ゆきは……」


 頑張れ。俺は拳を握る。頑張れ、ゆき。


「それでは選び方を変えようか」


 俯いてしまったゆきに、こっくりさんが声を掛けた。


「毎日一緒に居たい者と、時々会いにゆきたい者とに分けなさい」


「まいにち?」


 ゆきが顔を上げた。こっくりさんが頷く。


「ばいばいしてもときどきあえるです?」


「夜一は彼方と此方を行き来するじゃろ?」


 ぱあっと、ゆきの顔が輝いた。


「ゆき、えらぶです」


 こっくりさんが頷くのを見て取って、ゆきはくるりと向きを変えて則ノ内さんに駆け寄った。


「なつき」


 さっき貰ったイチョウの葉が、則ノ内さんの手から滑り落ちる。スカートの膝に前足を掛けて、ゆきは背伸びをした。


「ゆき、まいにちはなつきがいいです。なつきとずっといっしょいたいです」


 ゆきは得意げに胸を張った。ちゃんと選べた自分を褒めてほしい。揺れる尻尾がそう告げている。それなのにぽたぽたと。則ノ内さんの目から涙が落ちる。


「え? あれ?」


 それを見て不安になったのだろう。ゆきはおろおろと則ノ内さんをを見上げた。嬉しげに振られていた尻尾がくしゅんと下がる。


「ゆき、まちがったです? なつき、ゆきといっしょやだった?」


 ゆきの瞳にも涙が浮いてくる。不安が溢れて頰を滑る。則ノ内さんは泣き笑いで手を伸ばした。


「バカね」


 伸ばした手でゆきを抱き上げて、頬擦りをする。


「涙は嬉しいときにも出てくるのよ」


「なつき、うれしです?」


 則ノ内さんの頰を滑る涙を、ゆきは遠慮がちに舐め取った。


「すごくね」


「えへへ」


「ふふ」


 泣き笑いの二人を、優しい小春日が包んでいた。

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