嘘も方便、と申しまして

  抱き合うゆきと則ノ内さんを見て、俺はこっくりさんと二人ほっと胸を撫で下ろした。ひとつ問題が解決すれば次を考えられる。


「不安は多々あるが、菜月はしっかりしておるようだし何とかなろう」


 そう言ってこっくりさんは夜一に顔を向けた。


「後のことはそなたに任せる。もしものときはゆきを助けてやっておくれ」


「御心の侭に」


 夜一は恭しく首を垂れる。

 こっくりさんが夜一に一任したことに俺は驚いた。こちらにいる間、夜一は俺の頭を占拠するだけの不遜なカラスだったが、こっくりさんの信頼は厚いようだ。


「そう言えばだーさん」


 俺はこっくりさんの傍に寄って、先ほどのやりとりで気になったことをコソコソと訊いた。


「ゆきって、あっちとこっちを行き来できるんですか?」


 確か、狐狗狸は自由に行き来する能力が無いみたいなことを言っていたような……。

 果たして。


「いや?」


「え?」


「出来る訳が無かろう? あれはまだまだ未熟じゃ」


 やっぱりぃぃーー!?


「だってだーさん……」


「うん? 我は嘘は申しておらぬぞ」


「……」


 うんそうね。こっくりさんは、夜一はあっちとこっちを行き来できるって言っただけ。ゆきもできるとは一言も言ってない。でも!


「……嘘つき」


 俺はぼそりと言った。


「む。我は嘘など」


「ワザと相手が曲解するような喋り方をしていますよね? 誤解させるのは騙すのと同じ。騙すってことは、嘘をつくってことですよね?」


「また乱暴な解釈を」


 嫌そうな顔をして、こっくりさんが溜息をつく。


「そうやって俺に勘違いさせていること、いくつあります?」


「むう」


 こっくりさんは眉根を寄せてこちらを見た。


「我を疑うておるのか?」


「かなり」


 コソコソと内緒話は続く。


「まず、帰れないっていうのが嘘でしょ?」


 内心はドキドキしながら、大したことではないという風を装って訊いてみた。またはぐらかされるだろうか。


「ゆきの通ってきた道は閉ざされた。嘘ではない」


「それは信じています」


 そして実際にはぐらかされたことでほっとしてしまった。情けない。知りたいのに知りたくないという、矛盾。


「ならば好いではないか。これ、ゆき」


 そんな俺の心の隙を突いて逃げるように離れたこっくりさんが、ゆきに歩み寄った。


「今日は一旦郁哉の家においで。皆そなたを案じておるゆえ、顔を見せて安心させておやり。明日の朝、また学校で菜月に会えるからの」


 ちょっと不安げに則ノ内さんを見たゆきは、しっかりと頷きを返されて安心したようだ。


「はいです。ふみや、よろしくです」


「おー」


 しゅたっ、と尻尾を上げられて和む。しょうがないから、こっくりさんを追求するのは明日にしよう。うん。しょうがないからだぞ。



   ◇◇



「かっ……かわっ……」


 手乗り小狐をその手のひらに乗せて、お花畑ちゃん二号(姉)が身悶える。


「食うなよ」


「失礼ね。食べないわよ!」


 そうは言うけど姉ちゃん、ヨダレが……。

 慄く俺であったが、姉ちゃんには完全に無視される。


「見つかってよかったわねぇー。心配したのよぉ」


 姉ちゃんはゆきを高く捧げ持って崇め奉っている。ゆきがまるで神様みたいだ。


「いっしょにさがしてくれてありがとです。だーさまにあえて、ゆきうれしです」


 戻ってくる道すがらで、こっくりさんが実は荼枳尼天だったという事実は伏せておくことに決めた。話がややこしくなるし、言う必要もないだろうと思うからだ。ゆきにもこっくりさんの名前を出さないように言い含めてある。


「ゆきを保護してくれてた一年生がさ、そのまま飼ってくれることになったんだ。なんで、うちにいるのは一晩だけな」


「ええーっ。うちの子にならないのぉ?」


 姉ちゃんがぶうたれ……るのかと思ったら、さめざめと泣き出した。


「こんなにかわいいのに。一晩でお別れ……。えっく。ぐす……」


 俺はあんぐりと口を開けてそれを見つめた。


「ゆきは何処でも人気じゃな」


 晩酌の枡酒と母さんの手料理に舌鼓を打ちながら、こっくりさんが笑う。


「今からこれでは先が思いやられる。狐は節操が無いからのう」


「え?」


「まあ、菜月に嫌われたくない一心で我慢するじゃろ。ゆきはまだ幼いが狐のなかでも上位じゃ。頭が働く」


「えっと、だーさん?」


「何じゃ」


「節操……って?」


 薄々見当はつくけれど、今のゆきの愛らしい姿からは想像できない。いや、したくない。


「うん?」


 こっくりさんはそんな俺を上から下まで見て、ほにゃんと笑った。


「郁哉にはまだ早かったのう。すまぬすまぬ」


「え?」


 ちょっと待って?


「何もかも、ゆきの方が早そうじゃ」


「ええっ!?」


 どういうことなの?

 俺、いたって普通の高校生よ!?


 高校生ともなれば、もう何から何まで経験済みなのである(たぶん)。まあ個人差はあるけれども。俺がどっちかなんて追求するのは悪趣味ってものだぞ。

 生まれたてみたいな小狐に負けるはずがないじゃないか(おそらく。きっと)。ははは(お願い……)。

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