所変わればなんとやら。臨機応変に対応しましょう
三人一緒に風呂に入った。三人分洗った俺は
「さて、ゆき」
床に敷いた布団の上にきちんと正座して、こっくりさんはゆきを見た。ゆきはゆきで、こっくりさんの正面にちょこんとお座りしている。尻尾はゆらゆら揺られているが、まあお行儀よくと言っていいだろう。
「はいです」
きらきらした黒い瞳で見上げるゆきは恐ろしく可愛い。もふもふの愛らしい小狐が舌っ足らずで喋るとか、反則以外の何ものでもない。
俺の表情は緩むが、こっくりさんのそれは厳しいものだった。
「こちらに残るのであれば、そなたに申し付けておかねばならぬことがある」
「はいです!」
ゆきは力強く返事をした。白い毛並みが輝きを放ちそうなほどやる気に満ちている。俺の顔はますます緩んだ。
「郁哉、気持ち悪い顔をしている」
「……否定できない」
頭の上から夜一に指摘されても、今回ばかりは何も言い返せない。だってきっとその通りなんだもの。俺の顔面は崩壊寸前に違いない。
「これまでゆきが暮らしておったのは我が庭。護られ清められた結界の内じゃ」
そんな俺には構わずにこっくりさんの話は続く。背筋を伸ばし凛と座る姿はここ数日の可愛らしい雰囲気とは程遠い。そういえば、初めて会ったときには怖いくらいに美しいと思ったのだった。冴えた月の如くに遠く手の届かない、美しく貴く畏れるべき存在。
神様だもんなあ。ちょっと寂しい。
緩んだ頰が少しだけ引き攣る。
「じゃが、これから暮らす
ゆきは真剣な面持ちで頷いた。固く口を結んだ顔は凛々しいが、白い毛の先はぷるぷると震えている。
「己だけではないぞ。ゆきは菜月も守ってやらねばならぬ。ただのひとである菜月を此方の都合に巻き込むのじゃ。当然のことじゃな」
そう言われて、ゆきの尻尾がぴんと立った。ゆきの不安が伝わってきて、俺もスウェットの膝を握りしめる。こんなに頼り無い生き物にそんな責任を負わせるのは酷じゃないだろうか。
とはいえ、こっくりさんたちの世界の事情も分からないのに口を出すのは
「何、案ずることはない。ゆきは我が眷属じゃ。幼いとはいえ、其処らの雑妖に遅れをとることは有り得ぬ」
「ほんとです?」
ゆきが不安げに瞳を揺らす。こっくりさんはそんなゆきに優しく微笑んだ。
「当然であろう。ゆきは、我が自慢の眷属ぞ」
こっくりさんの表情が緩むと、途端に温かい可愛らしさが顔を出す。するとゆきの瞳の不安の色が薄れ、俺の強張っていた頰も緩む。
「……郁哉はさっきから何を遊んでいる? 変な顔大会?」
頭の上で夜一がぼそりと呟いた。少し心配そうな声音が却って俺の自尊心を傷つける。
「……頭の上に乗ってるのに、なんで俺の顔が見えるんだよ」
こっくりさんとゆきは真面目な話の最中なので、邪魔をしないようにぼそぼそと小声で言い返した。
「わたくしが優秀な鴉だから?」
「その優秀さはもっと有意義なところに使おうぜ」
何をどうすれば完全に死角のはずの俺の顔が見えるのか。考えても俺には分からないが、それが無駄な力の行使だということくらいは分かる。
「何を言うか。これはとても大事なこと」
「俺の顔を見るのが?」
「うむ。かなり重要」
頭の上で夜一が大きく頷く気配がする。
「なんで?」
俺の疑問は尤もだろう。
「……」
それなのに夜一は急に黙ってしまった。
「夜一?」
「……郁哉は
「はああぁぁぁっ!?」
ほんと、意味が分からない。なんなんだ。
もう夜一は無視することに決めて、俺は話を続けるこっくりさんとゆきに視線を戻した。頭の上で夜一が滝汗を流していることになど、気づきもしない俺なのであった。
「兄らに連れられて何度も稽古しておったろう。ゆきはとても上手だと、皆が褒めておったぞ」
「おにごっこ?」
ちょっと小首を傾けたゆきの瞳が輝いた。
「うむ。ゆきは得意じゃろ?」
「はいです! おにごっこ、とてもたのしです」
嬉しげに、ゆきの尻尾がぱたぱたと振られる。
「好い。じゃがな、ゆき。此方での鬼ごっこは、兄らとしたものよりもちと難しい」
こっくりさんが表情を引き締めて指を立てた。
「捕まえて清める者と打ち据えて滅する者の区別は出来るかの?」
「はいです」
「好い。ゆきはこれまで自分よりも強い者と共にそれを為してきた。じゃが、菜月はゆきよりも弱い。この違いが分かるか?」
こっくりさんに問われて、ゆきはしばらく考えた。けれど分からなかったようで、困った顔でこっくりさんを見上げる。
「ゆきは気づいておらぬやも知れぬが、兄らはゆきが自由に動けるよう周りに気を配っておった。ゆきが危ないときには手助けもしたろう。此方ではそれが無い。ゆきは己で周りを見て、己で危機を乗り切らねばならぬ」
こっくりさんは重々しく告げる。
「それだけではないぞ。戦いの
「ゆき、がんばります」
ゆきも真剣な顔で応えた。
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