最後は笑顔で!

 こっくりさんが急に変なことを言いだすものだから、俺は顎が外れるかと思った。


「だだだだだき荼枳尼天様。なななななにゅなにょなに何を……」


 けれど夜一ほどではない。夜一はおかしな声で叫んだ後、まともに話もできないほどの狼狽えっぷりだ。


「まあ二人とも我の気に入りなれば。仲好くおし」


 こっくりさんはそんな夜一には取り合わず、にっこりと笑った。


「ではそろそろ参ろうかの。郁哉、いろいろと世話になった。出来ればこれからも、ゆきと夜一を気に掛けてやっておくれ」


「それはもちろん」


 俺は頷いた。うまく笑えていればいいな、と思う。


「その緒を見たら、偶には我を思い出してくれるかの?」


 こっくりさんの言葉に俺は縒り紐の結ばれた腕に目を落とした。それはやっぱり温かくて、腕についているくせに胸の辺りをぎゅっと締めつける。


「いつでもだーさんを思い出しますよ。この紐も大切にします。腕を切り落とされても、誰にも渡しません」


「物騒じゃの」


 くすくすとこっくりさんが笑った。


「そのような不届き者が参りましたらわたくしが返り討ちに致しますゆえ。どうぞご安心を」


 夜一もようやく落ち着いたようだ。


「うむ。頼りにしておる」


「荼枳尼天様!」


 キラキラと目を輝かせて。夜一はどう考えても荼枳尼天様命だ。いったいどこをどう間違えたら俺を好きとかいう発想が出てくるのだろうか。まったく、こっくりさんめ。

 夜一のお陰で気持ちがほっこりして、自然な笑顔が浮かんできた。


「きっと会いに行きますから」


 何度目か分からないけれど、大事なことなのでもう一度言う。


「俺のこともたまには思い出してくださいね」


「いつも想うておるよ」


 こっくりさんは俺の手を取って縒り紐に唇を寄せた。


「元気で」


「郁哉もの」


 笑い合うこっくりさんが淡く霞んでゆく。どうやって帰るのか見当もつかなかったけれど、目の当たりにしても全く仕組みが分からない。

 こっくりさんは小春日の日差しのように儚く輝いて、そして俺の前から消えてしまった。


  ◇


「なんかあっけないもんだなあ」


 こっくりさんが消えた部屋のなかでぽつりと呟く。最後の最後は本当にあっさりしていて、拍子抜けなくらいだった。


「郁哉は本当に残念」


 そんな俺を見て夜一が溜息をつく。


「夜一は本当に失礼だなあ」


 俺は顔を顰めた。でも。


「まあそれも、俺を好きで好きで堪らないせいだというんだからしょうがない。我慢してやろう」


「ふにゃっ!?」


「そうかー。夜一はツンデレかー」


「んにょっ!?」


「俺も結構夜一が好きだぞ」


「にゃにゅにょ……」


「仲よくしようなー」


 俺の軽口に、夜一がひとつ咳払いをする。


「わたくしは荼枳尼天様の忠実なる僕。あの御方の命なれば……」


「うんうん。夜一は思いがけず可愛いなー」


「ひゃうっ!?」


 驚いたことに、夜一は俺の頭から転がり落ちた。今まで俺が何をしてもびくともしなかったのに。

 夜一ごめんな。からかって。今はちょっと、ふざけてでもいないと涙が出そうなんだ。

 俺は心のなかでこっそり手を合わせた。


「まずはバイトでも探しに行くか!」


「バイト?」


「うん。だーさんの社、思ったよりも遠いからな。旅費を稼がないと」


「なるほど」


 夜一は己で自慢するだけあって優秀らしい。あんなにヘロヘロだったのにもう持ち直したようだ。軽く羽ばたいて俺の頭に陣取ると、もう通常運行だ。


 俺はなかなかそこまで思い切れない。この六日、いつも傍にこっくりさんがいたから、隣がちょっとスースーする。これにもそのうち慣れるんだろうか。早く慣れたいような、いつまでもグズグズ言っていたいような、複雑な気分だ。


「ところで夜一、だーさんの加護を狙って来るヤツって本当にいるの?」


「そのことか」


 夜一は神妙に頷いた。


「荼枳尼天様はそのようなことをするのはよっぽどの阿呆だと仰っていたが、よっぽどの阿呆は割と多い」


「マジで。じゃあ、苛烈な報復とやらを……」


「は?」


「え?」


 俺が怯えて見せると、夜一はしらーっとした顔で首を振る。


「そのような阿呆共、荼枳尼天様の御手を煩わせるまでもない」


「へえ?」


「ひとり残らず、この羽の露と消しておるわ」


 夜一はビシッと片羽を陽に翳した。その姿は自信に溢れている。


「……怖……」


 夜一やっぱりヤバい。本気で怒らせないように気をつけなくては。


「郁哉は言葉を知らぬ。そのようなときには頼もしいと言うもの」


「はいはい」


「む。言うておくが、荼枳尼天様はわたくしよりも数千倍お強いぞ」


「マジで!」


「あの御方は完璧」


「そうかー。俺も頑張らないとなー」


「は?」


「え?」


「……郁哉は無謀」


「まあそう言うなって。千里の道も一歩からって言うだろう」


 嫌そうな顔をする夜一に笑って言った。多少の強がりは大目に見てほしい。手が届かなさすぎて挫けそうなんだから。


「まあ、莫迦は郁哉の好いところ」


「ひどい!」


 笑って左手を翳した。こっくりさんの縒り紐が陽を受けて煌めく。

 俺は、今は凡庸な童かもしれないけれど。


 いつかきっと――。




 🍁もうちょっとだけ続きます🦊

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