エピローグ
こっくりさんは嘘つき
「……え?」
こっくりさんがあっちに帰ってしまってから早三か月。俺は寂しさを紛らわせるように放課後と休日をフルに使って、身を粉して働いていた。駅前のパン屋さんのアルバイト。店長も奥さんもパートの吉住さんもいい人で、働きやすい。
頑張った甲斐もあって春休みには一人旅ができそうだ。
加えて、勉強にも身を入れていた。
こっくりさんのお社は遠い。それならいっそのこと、その近くの大学に進学したらいいのではないか。やりたいことも特に無くのらくらと過ごしていた俺に目標ができた。真面目に夢に向かって取り組んでいる皆さんには怒られるかもしれないが、これはこれで俺の夢なのだ。
そうと決まれば邁進するのみだ。親に頼み込んで、生活費の一部を自分で賄うことを条件にお許しをもらった。
でも目指している大学は、ちょっと俺の頭のレベルよりも難しい。なので、必死に勉強している。
それもこれも、こっくりさんに会いたいがため、である。
「え? あれ?」
「おお。郁哉お帰り。毎日頑張ってるな」
すっかり出来上がった父さんが、ご機嫌でグラスを掲げる。透明な液体はまさか水ではあるまい。コップ酒とはやる気満々だな。
まあ、それはいい。
「随分遅いのじゃな。友垣とでも遊んできたのか?」
父さんの向かいに座って枡酒を傾ける、こっくりさん。……えええっ?
「違うのよぅ」
ツマミに小柱の佃煮を出しながら母さんがにまにま笑う。
「この子ったらアルバイトしてるのぉ。お金貯めて、だーさんに会いに行くんですってー」
「ちょっ。やめ……っ」
本人を前にして恥ずかしい。だからやめてほしいのに、お花畑ちゃんは止まらない。頰を押さえてやーんとか言いながらくねくねと身を捩る。
「大学もだーさんのお社の近くに行くって、勉強も頑張ってるのー」
「ほう」
こちらを見たこっくりさんがにやにやと笑った。
「それはまた。殊勝なことじゃのう」
くっそ恥ずかしくて死ねる。覚えてろよ母さん。
「そうよー。愛の力ねえ♡」
「母さん!」
「ねー」
「父さんも!」
「まあ座りなさいよ」
手強いお花畑ちゃんは俺の言葉になんて耳を貸さない。万事己のペースで事を進めてゆく。
「久し振りだもの。嬉しいでしょ?」
「……それはまあ」
それはもう嬉しいに決まっている。俺はこっくりさんの隣にちょこんと腰掛けた。母さんの並べてくれた料理に箸をつけながら、嬉しいのに緊張してなかなか言葉が出てこない。
「久し振りじゃの」
そんな俺を覗き込んでこっくりさんが笑う。
「……仕事が忙しくて休む暇もないんじゃありませんでしたっけ?」
だからこっくりさんはもう来ない。そう思っていたのに。
「落ち着いたらまた来ると約束したじゃろ?」
「お得意の方便かと」
「なんじゃ。我は信用がないのう」
くすくすとこっくりさんが笑う。酒が入ってご機嫌なのか、久し振りに会えたことが嬉しいのか。まさかな。後者は無い無い。俺じゃあるまいし。
「郁哉が喜ぶと思うて頑張ったのじゃ。愛の力じゃろ?」
「またそうやってからかって」
憎まれ口を叩いてみてもうまくいかない。だってどんなに頑張っても、嬉しくって顔がニヤけちゃうんだもの。しょうがないでしょ。
「喜んでくれたかの?」
「そりゃ喜ぶでしょ」
「ではなにゆえに仏頂面なのじゃ」
俺はキッとこっくりさんを睨んだ。嘘。睨もうとして、本当に全っ然分ってなさそうにきょとんとしているのを見て力が抜けた。
「ちょっと悔しいでしょう」
「はて?」
「俺が一生懸命やってもできないことを、だーさんは軽ーくやっちゃうから」
「我も一生懸命やったぞ?」
不思議そうにこっくりさんが俺を見る。
「必死にやって、ちいっと抜けさせてもらうのに三月かかった」
そんな事を言われたら俺の顔が緩む。不貞腐れた顔をしようとするのにうまくいかない。だってそうだろう? 嬉しくない訳がないじゃないか。
「なあ母さん」
向かいに座る父さんが不思議そうに俺を見る。
「郁哉は何を百面相してるんだろう?」
「イチャイチャしてるのー」
頬杖を突いて眺めていた母さんが嬉しそうに父さんに笑い掛けた。こっくりさんが見えず声も聞こえない父さんには、イマイチ状況が掴めていないらしい。
「郁哉も頑張ってくれておるのじゃろ? 我は頑張っても三月ごとが精々じゃが、郁哉が頑張ったら毎日でも会えるようになるのう」
「ですね!」
こうなったら意地でも合格しようと思う。
「楽しみじゃの」
「俺はもっと楽しみですけどね」
「そうかそうか」
こっくりさんが嬉しそうに枡を空けた。父さんがすかさずそれを満たす。
「
「え?」
「何でもない。こちらの話じゃ」
「だーさん。今夜は泊まっていけるの?」
「うむ。朝一番で戻らねばならぬがの」
「じゃあ郁哉、布団運んどきなさい」
「え? おー」
「美咲も帰って来たら驚くわね。うふふ楽しみねぇ」
何か引っかかるセリフがあったような気がするのに、母さんが割り込んできて分からなくなった。
「んー。まあ、いいか」
食事を終えた俺はごちそうさまを言って立ち上がる。まだまだ宴もたけなわな酔っぱらいたちは役に立ちそうもないので、階段を二往復して布団を運んだ。
「郁哉はお莫迦」
食卓から夜一の声がする。
「それがあれの好いところじゃ」
こっくりさんの声もする。
「おバカで可愛いでしょー?」
母さんは息子をもっと擁護するべきだと思う。
きゃっきゃきゃっきゃと楽しげな声がする。散々な言われようだ。いつまでも騙されてたまるか。俺だって成長する。今に見てろよ。俺はぐっと拳を握った。
だけど単純な俺はどうせまたすぐに引っ掛かって焦ったり浮かれたりするんだろう。それを見て、みんなで今日みたいに好き勝手言うに違いない。でもまあ。
そういうのもなんか幸せだなー、と。
思ったりもするのだった。
🍁おしまい🦊
こっくりさんが帰ってくれません。 早瀬翠風 @hayase-sui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます