思い出は色褪せるもの。だからこそ愛おしい
たったの六日間だった。すごく濃くて強烈だったけれど。
「それでは郁哉。息災での」
「はい。だーさんもお元気で。お仕事頑張ってくださいね」
別れの場としては少々奇妙だけれど、俺の部屋の真ん中で二人は言葉を交わした。夜一は相変わらず俺の頭の上に乗っている。あちらには戻らずにずっとこっちにいるらしい。ゆきの見守りと、こっくりさんとの連絡係ということだ。
「ほれ、やはり思うた通りじゃ」
こっくりさんが困ったように眉を垂らした。
「泣かれると離れ難うなると言うたに」
困った顔で、それでもなぜか嬉しそうに、こっくりさんが言った。
「泣いてませんよ。笑ってるでしょ、ほら」
だから俺は笑ってみせる。実際、涙なんて流していない。そりゃあ寂しいけれど。
「我は消えて無くなる訳ではないぞ。夢でも幻でもない。その証がここにあろう?」
そう言ってこっくりさんが掲げた俺の手には、しっかりと銀の縒り紐が結ばれている。
「分かってますって。お社に訪ねて行ってもいいですか? どこにあるんだろう」
そういえば訊きそびれていた。いや。何度か訊いたのに教えてもらっていなかった。
「うん? 我の社か」
もしかしてまたはぐらかされるのかとも思ったけれど、こっくりさんはあっさりと教えてくれた。だけどこっくりさんのお社は聞いたこともない名前の神社だ。聞けば海の無い県の割と奥まったところに在るらしい。
「遠いですね」
思っていたほど再々は訪ねられない。というか、結構頑張って貯金しなければ予算が足りないような旅程になりそうだ。
「バイトでもしようかな。どうせ部活もしていないし」
俺は笑った。
そうだ。こっくりさんは、辿り着けないような異界に棲んでいる訳ではない。渡航が面倒な海外でもない。遠くても日本のなかの話だ。会いたいと思い立てばどうにかなるところに、ちゃんといてくれる。
「いつでもおいで」
こっくりさんも笑う。
「我の庭は常人には見つけられまいが、おぬしが来れば我が迎えに出てやろう」
「俺が行ったら気づいてくれるんですか?」
「無論」
驚いて問うと、こっくりさんは得意げに胸を張った。
「郁哉の気配は既に我に馴染んだ。隠れたゆきを探すより余程容易いわ」
「へえ」
なんか照れるな。
俺は頭を掻……こうとして夜一を掴んでしまい、嫌というほどその手をつつかれた。
「だから夜一はつっつくな!」
「郁哉は助平。乙女の尻を掴むなど言語道断!」
「どこに乙女が?」
「……」
ゴゴゴゴゴ、って音が聞こえそうなほど、夜一から黒い気が放たれる。自慢の
「荼枳尼天様。こやつ、沈めても?」
沈めるって何?
「ならぬ」
思いの外強い口調でこっくりさんは夜一を制した。
「悪い癖が出ておるの、夜一。そなたは我の気に入りの眷属じゃ。無益な殺生でその資格を失うことは許さぬ」
無益な殺生って何!? それに悪い癖って。何者なんだ夜一。
なんだか訳が分からない。ううん。分かるのが怖い。きっとつついてはいけない闇だ。賢明な俺は口を噤む。
幸い、こっくりさんの言葉で夜一はあっという間に落ち着いた。
「勿論、わたくしは荼枳尼天様自慢の賢い鴉。一時の感情で愚など犯しませぬ」
「分かれば好いのじゃ」
二人して頷き合っているが、俺は置いてきぼりだ。
「あのう……」
そんな俺にこっくりさんが振り返る。
「郁哉もじゃ」
「は?」
「夜一は気立てのよいおなごじゃ。それを怒らせる郁哉が悪い。もちっとデリカシーとやらを持つのじゃ」
「えー」
「えー、ではない」
ぶうたれる俺にこっくりさんは渋い顔を向ける。それを見て夜一は羽を広げた。お得意の高飛車なポーズだ。
「ふふん。郁哉は失礼。もっとわたくしを敬うべき!」
「夜一もぞ」
けれどこっくりさんに即座に窘められて自慢の羽はくしゃっと萎んだ。
「郁哉を好きなのは分かるが、甘えてじゃれつきすぎじゃ。度を過ぎれば疎まれようて」
「んにょっ!?」
「はあっ!?」
こっくりさんの爆弾発言に、俺も夜一もびっくりだ。あんまり驚きすぎて、変な声を出した夜一にツッコむ余裕もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます