こっくりさんとお父さん★お酒は楽しく★
「まあまあ一杯」
程なく帰宅した父さんはネクタイを緩めて食卓についた。こっくりさんの向かいだ。揃いも揃ってこの異様な展開に少しも怯える様子がない。どうなっているんだ俺の家族。もしかして俺がおかしいのか? いやまさか。そんなはずはない。
父さんはでーんと置かれた一升瓶を傾けて、上機嫌でこっくりさんの枡を満たす。
「うむ。いただこう」
もうすっかり出来上がっているに違いないこっくりさんが、なみなみと注がれた枡を持ち上げて口に運んだ。こっくりさんも上機嫌だ。
すっと背筋の伸びた美しい姿勢だが、頰は染まってネコ……もとい、キツネ耳はぴょこぴょこと嬉しげに跳ねている。
夕餉の場に埃を立ててはいけないと、こっくりさんは尻尾を振るのを堪えている。堪えてはいるが、さっきからぷるぷると震えていて、ばっさばっさと振られるのも時間の問題だと思われる。それを見つめる姉ちゃんの目がヤバい。
皆が皆、浮かれている。長男が怪しげな狐に憑かれて帰宅したというのに、母は息子の彼女が来たと舞い踊り、姉はその尾や耳を狙って爛々と目を輝かせ、父は飲み仲間が出来て喜んでいる。
「おお……。本当にいるんだな。枡が浮いて中身が消えてる!」
父さんは飲み仲間が出来て喜んでいる。そう。見えないけれど。
残念なことに、父さんにはこっくりさんが見えなかった。
「ほれ見い。これが普通なのじゃ」
ごっきゅごっきゅと喉を鳴らして、こっくりさんは満足げに笑った。飲みっぷりが豪快すぎてびっくりする。たったひと息で桝は空だ。
「我は普通の人間には見えぬのじゃ。のう、父御よ。見えぬであろ?」
とん、と枡が置かれると父さんはまたそれを満たす。
「本当に見事な飲みっぷりだ。郁哉の彼女さんは豪気な方だなあ」
わっはっは、と笑って一升瓶を置いて、父さんは己のグラスをくいっと傾けた。
二人の会話は噛み合わない。父さんにはこっくりさんの姿も見えなけりゃ声も聞こえていないらしい。だから噛み合う訳がない。なのに父さんもこっくりさんも楽しそうに酒を酌み交わしているのだ。
「だから彼女じゃないし」
「そう照れなくてもいいじゃないか。あっはっは」
父さんもすっかり出来上がっている。こっくりさんの阿呆なペースに合わせて飲むからだ。普段ならもうちょっと分別があるのに、脳みそにお花が咲いてしまっている。酒って恐ろしいな。大人になったら気をつけよう。
俺は嘆息して爪楊枝に刺した梨を齧った。
食事はとうに終わり、酒を飲み続ける二人のためにアテが少々と、デザートの果物の皿のみがテーブルに残されていた。
「何で誰も心配しないんだ。俺、こっくりさんに取り憑かれてるのに」
ぼそりと呟くと、
「何じゃ、人を悪霊みたいに言いおって」
「そうよ。謝りなさい、郁哉。だーさんに失礼よ」
「むしろ、猫と狐の区別もつかないあんたに憑いちゃっただーさんが不憫だわ」
女どもの反撃がウザい。
「何が不満なんだ、郁哉。こんなにきれいな娘さんが傍にいてくれるのに」
「父さんは見えもしないくせに適当なことを言うな」
「見えなくても分かる!」
酔っぱらいもウザい。俺の味方はいないのか。
「母さんがものすごい美人だと言ったんだ。だからきれいに決まっている」
ねー、と夫婦で小首を傾げ合って、うふふわははと笑う。余所の人の前でいちゃつくのはやめなさい。恥ずかしい。
「母御と父御は仲よしじゃの」
むふん、と笑ってこっくりさんはまた枡を空けた。いったいどれだけ飲むつもりなんだ。ザルなのか?
「おや」
またも空になった桝を満たそうと一升瓶を持ち上げた父さんが残念そうに眉を下げた。
「空だ」
「なんと。もうのうなってしもうたか。美味い酒ほどなくなるのが早いのう」
こっくりさんの耳がぺたんと垂れる。
「……!!」
……。
それを見て姉ちゃんが真っ赤な顔で鼻を押さえた。何を考えてるか見当はつくが、その気持ちは分からないし分かりたくもない。残念な子を見るような目で見てやろう。お返しだ。
「あら。酒宴はお開き? じゃあデザートにしましょうか」
その脇で、ぽんと手を叩いた母さんがいそいそと立ち上がった。
「え」
「え?」
「梨と柿がデザートじゃなかったのか?」
て言うか、これ以上どこに入るっていうんだ。
「何言ってるの郁哉。今日は特別な日だもの。デザートももちろん特別なものよ?」
そう言って母さんが出してきたのはシュークリームだった。ひとつ向こうの駅前にある小洒落た店の、頭おかしいんじゃないかってくらいカスタードクリームが詰まったやつだ。母さんと姉ちゃんの大好きなおやつである。
「お父さんにメールして買ってきてもらったのー」
「「ねー」」
だから、人前でいちゃつくのはやめなさい。
見てるこっちが恥ずかしいわ。
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