こっくりさんとお姉ちゃん★正しい距離感を探ろう★
「と、いう訳だ」
お茶を出されたこっくりさんと並んで座り、俺は母さんと姉ちゃんに事の次第を説明した。こっくりさんがお茶を啜ってほう、と溜息をつく。俺の前には水さえ出されていない。格差社会。
台所では姉ちゃんが母さんと並んで買ってきた尾頭付きを焼いている。香ばしい匂いが鼻腔を擽る。網の上でいい感じに焼けているのは開いた鯵だ。閉店間際のスーパーに鯛の尾頭付きなんて売っているはずもなかった。
「何よ。頭も尻尾もついてるんだから問題無いでしょ?」
焼き上がった開きを皿に乗せて姉ちゃんが頰を膨らませる。ほかほかしと美味そうじゃないか。そもそも祝いの鯛なんて必要も無いのでこちらとしても否やはない。見た目的にも香り的にも満点だ。こっくりさんも耳をぱたぱたさせて嬉しそうにしている。
「あー。
うんそうね。まさか姉ちゃんにも見えちゃうなんてー。
普通の人には見えないって言ったくせに。今のところ、見えなかったのは担任の大崎だけなんだけど。どういうことなの。
緩んだ顔で獣耳を見つめる姉ちゃんを温い目で見てから、こっくりさんに訊ねる。
「普通の人には見えないんですよね?」
「うむ。異なこともあるものよのう」
「まあまあまあ。いいじゃない。せっかくの彼女さんだもの。見えないなんてもったいないわぁ」
小豆の水煮缶で急遽炊き上げたお赤飯をテーブルに並べながら母さんが笑う。
「母さん、俺の話聞いてた? 彼女じゃないし」
そもそも明らかに人ではないモノが家に侵入しているというのに、その落ち着きっぷりはどうだろう。いや。落ち着いてはいないな。人の親なんだからもうちょっと落ち着くべきだと思う。
「えーだって、運命じゃない。離れられないふたりなんて! やぁん。困っちゃうー」
だからいちいちうねうねするな。はしゃぐな落ち着け冷静になれ。このお花畑ちゃんめ。我が親ながら頭が痛いわ。
とはいえ、お祝いの品が増量されたので食卓が豪華なのは嬉しい。山盛りの唐揚げ(唐揚げさいこー。これは神の食べ物だと思う)と、夏に余った素麺とカニカマとキャベツを和えた山盛りのサラダ。ベーコンと炒めた山盛りのきのこ。じゃがいもの煮っ転がしも山。これでもかと具を入れた、汁気よりも実の方が多い味噌汁はどんぶりで。もちろんお赤飯も山盛り。そして、尾頭付きの鯵。デザートにはきれいに剥かれた柿と梨が、これまた山と盛られている。
いつもながら母さんの料理の分量はどうかしている。どこの大家族の食卓だよ。うちは四人家族だぞ。だけど何やかやでこれが全て家族の腹に収まるのだから不思議だ。
「だーさん、普通に食べられる? 苦手なものとか食べたいものとかあったら言って?」
今更な気もするが、食卓につきながら姉ちゃんがこっくりさんに問うた。確かに、種族が違うのだから食べるものも違うかもしれない。見た目が人に近いからうっかりしていたが。
それにしても。姉ちゃんはこっくりさんのネコ耳にも尻尾にも、全く慄く様子がない。むしろあの目は、なんとか理由をつけて触ってやろうと手ぐすね引いている目だ。
「うむ。我は何でも食べるが、酒を特に好む」
「お酒?」
「うむ」
「あらまあ。じゃあ熱燗がいいかしら? もうすぐお父さんも帰ってくるし、用意するわね」
「我は
ぴこぴことこっくりさんのネコ耳が動く。それを見つめる姉ちゃんの目がヤバい。
「姉ちゃん」
粗相があっては大変だ。こっくりさんはまだ得体が知れない。もしかしてもしかするかもしれないのだ。ここは念のために釘を刺しておこう。
「まさかネコ耳触ってやろうとか、尻尾もふってやろうとか、思ってないよな?」
すると姉ちゃんはキッとこちらを睨んできた。
「バッカじゃないの!?」
すごい剣幕で怒られた。いやはや俺の思い違いだったか。そりゃそうだよな。いくら姉ちゃんが変態でも、初対面のこっくりさんをいじくり倒す訳がない。そこまで腐ってはいなかったようだ。俺の早とちりだった。ごめんなさい。
そんな俺の思いを余所に、頭に血が上って興奮した姉ちゃんが捲し立てる。
「だーさんはお狐さまよ? だから耳はキツネ耳だわ。そこらの猫と一緒にしないでちょうだい!」
「……」
はい? え。そっち?
「まったく。失礼しちゃうわ。ごめんなさいね、だーさん。猫と狐の区別もつかないような間抜けな弟で」
おいこら。
「別に気にしておらぬ」
こっくりさんは母さんに冷や酒を注いでもらってご機嫌だ。顔に出やすいのか、白い頬がほんのり染まって益々キレイに見える。ちょっと見惚れてしまった。
「「ほんと、郁哉にはもったいないわぁ」」
「だから彼女じゃないし!」
そんなことでハモるなよな。恥ずかしい。
こっくりさんは彼女なんかじゃない。ただ。彼女じゃなくても、気になるものは気になるのだ。しょうがないだろ?
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