こっくりさんといっしょにお風呂★慌てず騒がず平常心で★

 ダメだ。考えても分からん。むしろ考えれば考えるほど納得できなくなってくる。所詮、賢い人の考えることなんて凡人には分からないのだ。何がどうしてそうなっちゃったんだ、ネコ目。謎。


「母さん、風呂沸いてる?」


 こんなときは風呂だ。風呂に入って寝よう。そうだそれがいい。今日はいろいろあって疲れた。とっとと寝るのだ。


「沸いてるわよ」


 一度部屋に戻り、寝間着代わりのスウェットとパンツを持って風呂場に向かう。がばっとTシャツを首から抜いたところで隣から衣擦れの音がした。


「……!!」


 脱ぎかけたTシャツの腕も抜かぬまま、だらだらと汗を流す。そうだったうっかりしてた!


「だーさん、いったい何を……」


 あっちを見てはいけない。こっくりさん、どこまで脱いだんだ。気にな……らない! ならないぞ。断じてこっそり見てみようかなんて思っていない。思ってませんとも!


「湯浴みであろ? おぬしも脱いでおるではないか」


 こっちの声は震えているというのに、隣からはきょとんとした声が返ってくる。


「うんそうなんだけどだけどでもそうじゃないっていうかむりっていうかやばいっていうかやっぱだめでしょ!?」


「何を言うておるのじゃ。脱がねば濡れよう」


「そうだけど!」


 こっくりさんの答えは至極真っ当だ。脱がずにお風呂に入ったら濡れちゃうよね。じゃあ脱がなきゃ。え。てことは、俺が変なのか? いやまさかそんな訳ない。落ち着け俺。


「三尺しか離れられぬゆえな」


「分かってます!」


「致し方無かろう」


「だけどでも!」


 こっくりさん、まさかもう全部脱い……。いや、見たらダメだ。それはいかん。いかんぞ。それにしてもこっくりさんはデリカシーが無さすぎる。俺に見られても平気なのか? ……平気なんだな。どうにかされるなんて思ってもいないに違いない。ちくしょう。


「じゃあ脱ぎますけど」


 絶対にこっくりさんを見ないように己に言い聞かせ、……見たいなんて思っていませんけどね。もちろんですとも。脱いだTシャツを洗濯かごに放り込む。


「こっち見ないでくださいね?」


 パンツを脱ぐのは勇気がいるな。

 俺はごくりと唾を呑んだ。

 こっくりさんは、とぼけた妖怪(?)とはいえ見た目はキレイなお姉さん。緊張する。異性の隣でパンツ下ろすなんて! ええいくそっ。



  ◇◇



 かぽーん。


 何がかぽーん、なのかよく分からないが、風呂といえばこの音だ。何とか事無きを得て湯船に浸かっている。


「ほう。滝が」


 こっくりさんは、シャワーにちょっぴりはしゃぎながら髪やらを洗っている。はず。そっちは見ない。見ないのだ。


「のう、郁哉」


「何ですか?」


 見ないぞ。


「ちと困っておるのじゃが」


「どうしました?」


 見たくなんかないんだからね!


「あぶくがな?」


「はい」


「消えぬ」


 そんなバカな。


 別に見たいわけじゃないぞ。状況を把握する必要がある。だからだ。……ちら。


「あぶくおばけ!?」


 チラ見からのガン見。だってあり得ないくらい泡まみれなんだもの、こっくりさん。幸いというか、そのお陰で隠れるべきところはしっかり隠れている。残……いや、ミラクル。助かった。


「いったいどうしたらこんなことに……」


「これを使うと言うたじゃろ?」


 そう言ってこっくりさんはシャンプーのボトルを差し出してきた。ポンプ部分が取り払われている。受け取ったら軽かった。もしや全部ぶちまけたのか?


「じゃから、蓋を開けて掛けたのじゃ」


 うわあ、やっぱり!


 よくよく見れば、こっくりさんの銀髪には白いシャンプーがまだべったり付いていた。


「蓋は開けないんです」


「なんと面妖な。蓋を開けずしてどうやって使うのじゃ。おぬし妖術なんぞ使えまい」


「頭を押したら出てくるんです」


「ほう?」


「後でリンスのときに説明します。取り敢えずそれ、流しちゃってください」


「うむ」


 よし解決。もう見ないぞ。泡が流れたらエラいことになるからな!


「のう郁哉」


「次は何ですか」


 見ない。見ないぞ!


「目に染みるのじゃ」


「……」


「郁哉」


 ああもう。どうすれば!


「いたい……」


 ああもう!!



  ◇◇



「最初からこうしておけばよかったのう」


 ふう、と息をついたこっくりさんが、湯船のふちで組んだ腕に顎を乗せる。ほわん、と満足げに微笑む頰が薄紅に染まっていた。きれいに洗い流した髪はリンスも施して頭の上に纏めている。


「明日から髪は郁哉に洗うて貰うことと致そう。我はあんな洗い方は初めてじゃが、実に心地よかった!」


 結局、俺は泡まみれのこっくりさんを洗い流し、シャンプーをし直し、リンスもした。髪の長い人にリンスするのって大変! 


「耳はちと擽ったいが。何というかこう、悪うなかった」


 うん。ネコ耳触りまくった。ふへへ。いやいやごほん。不可抗力だ。非常事態で致し方無かった。しょうがないだろう。だってシャンプーだもん。ふへ。


「またしてたも」


「……はい」


 しょうがなくですよ。頰なんで緩んでいません。ええもちろん。

 わしゃわしゃと自分の頭を洗いながら頷いた。こっくりさんの方は見ない。だからこっくりさんも見ないでほしい。お互い見ない約束だろ? 俺は見てないぞ。見てない。見……。なんだよ。見てませんて。見る訳ないじゃないですか。ねえ?

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