こっくりさんとお召し替え★頑張ったらご褒美があるかも?★
疲れた……。
風呂に入ったら疲れが取れるはずなのに、どっと疲れた。ラッキースケベも度を越すと、強いメンタルがないと楽しめないんだな。俺にはまだ無理だった。階段を上る足取りは重い。本当にもう寝よう。
でもちょっといいこともあった。
風呂から出るときに思ったんだ。こっくりさんの長い髪やもふもふの尻尾はさぞや乾かし難かろう。もしかしたらそれも俺の係か。もうこんなに疲れてるのに辛。って。そしたら。
ふわりと風が吹いて。こっくりさんの髪がふわっと舞って。一瞬で乾いてた! ついでに俺のも。楽ちんだった!
……見てません。
こっくりさんは浴衣に着替えていた。どこから出したのかは謎だけど、白地に紺一色で描かれた柄が大人っぽい。シャンプーの匂いのする髪は緩く束ねて肩口から前に垂らしている。ふさふさの尻尾からもおんなじ匂いがした。それを嬉しそうに揺らして、こっくりさんは花の香りを振りまいている。こっくりさんとの入浴はすごく疲れたけど、こんなに喜んでくれたのならまあよかったのかもしれない。
「あ。だーさんちょっと」
階段を上ると姉ちゃんに声を掛けられた。手招きされるままに部屋に入る。姉ちゃんの部屋なんて何年ぶりだろう。もうずっと互いの部屋には入ってなかったなあ、なんて。ちょっと感慨深く考えたりしてしまった。
「なんであんたまでついてくるのよ。呼んでないでしょ」
その感慨をぶち壊すように姉ちゃんが俺を睨む。
「いやそれはしょうがないだろ」
俺は肩を竦めた。初めにちゃんと説明したというのにもう忘れたのだろうか。
「言っただろう。離れられないんだよ」
「嘘くさい」
「本当だって」
「うむ。誠ぞ」
頷いたこっくりさんは何故か部屋を出て行ってしまう。すたすたと声も掛けずに歩いていくので、反応が遅れた俺は見えない糸に引っ張られるようにバランスを崩して派手に転けた。
「ほれこの通りじゃ」
「ほう」
女二人が納得したように頷き合っているが、いや待てこっちは納得出来ない。
「なんで!?」
俺はがばっと起き上がった。
「俺が離れたときには進めなくなったのに、なんでこっくりさんはすたすた進めるんだ。なんで俺の方が引き摺られるんだ……」
「道理じゃの」
床に突いた手で拳を握る俺に、部屋に戻ってきたこっくりさんはあっけらかんと言う。
「力の強い方が起点となるのは当然のこと。謂わば我らが離れられぬのではのうて、郁哉が我から離れられぬのじゃ」
がーん。なんということでしょう。てっきり逆だと……。
「じゃからの、美咲。我が動くときには、郁哉は目の届くところにおらねば危ない」
「なるほど。仕方がないわね」
こっくりさんの言葉に姉ちゃんは渋々頷いた。一応俺の安全は担保してもらえるらしい。けれど俺は今ひとつ納得出来ない。なんとなく尊厳が傷つけられたように思えるのは気のせいだろうか。
◇◇
全然納得出来ない。なんだこれ。
「のう美咲。これはちときつくないか?」
「ううん、そんなもんだよ。よかったー。サイズぴったりで」
「これを着けねばならぬのか?」
「そうだよー。だーさん、案外人から見えちゃうみたいだもん。もしものときのために、耳と尻尾は隠しておいた方がいいと思うの。帽子を被るとなると服装も洋服の方がいいでしょ?」
「洋服とは郁哉や美咲が着ているようなものであろ? これはちと、露出が多すぎぬか?」
「それは下着だもーん。あ。新しいやつだから安心してね? 洋服はそうもいかないから、あたしと共用になっちゃうけど。大丈夫かな?」
「構わぬが」
「よっし。じゃあ今からいろいろ着てみよう!」
きゃっきゃとはしゃぎながら(主に姉ちゃんが)、大試着会が始まっている。本来なら男子である俺が加わるべきではないが、事情が事情なのでしょうがないと部屋に残ることを許された。
ということで、俺は大人しく勉強机の椅子に座っている。頭から紙袋を被せられて。
納得出来ない。
断じて、見たい訳ではない。……見たくない訳でもないが。俺だって健全な男子なんだから見たくない訳がないだろう。
でも、見るなと言われれば部屋の壁を見つめてじっとしておくことは出来る。たぶん。それくらいの理性は持ち合わせている。たぶん。けれど姉ちゃんは信じなかった。たったひとりの弟を信じられないとはどういうことだ。
「部屋に入るのは仕方がないけど、だーさんの着替え中はそれ被っててよね!」
姉ちゃんはそう言って俺に紙袋を被せ椅子に座らせた。なんて横暴なんだ。もう風呂だって一緒に入っているのに、別に着替えくらい。何が悲しくて俺は音声だけの大試着会を堪能しているのだろう。眉間に皺が寄り、頰はだらしなく緩む。
「ショーツは大丈夫かな? 尻尾はどうしようかしら」
「問題ない」
「え。あ、ほんとだ。通り抜けてる。不思議ー。どうなってるの、これ?」
きゃっきゃうふふと試着会は続く。さっき風呂場で見……てないけど、なんだかなんとなく妄想が膨らんでしまう。だってしょうがないよね。男の子だもん。
「うむ。そういうものなのじゃ」
「すごーい」
音声だけなのに、俺の頰は大いに緩む。
紙袋があってよかったな。うん。
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