こっくりさんと初めての夜★そのご褒美、もしかしたら罠かもしれません★

 眠れない。眠れる訳がない。


 シングルベッドのすぐ下に敷いた布団のなかで、俺は目をぎゅっと瞑って何とか眠ろうと努力している。

 だけど無理だ。考えてもみてほしい。おんなじ部屋に女子が寝ている。狐だろうが妖怪だろうが女子は女子。しかも超美人だ。そんな状況でぐーすか眠れるか? 無理に決まっている。ぐーすか寝ているこっくりさんの方がどうかしている。



 大試着会が終わってやっと自室に辿り着き、さあ眠ろうという段になって俺は愕然とした。当たり前だが、俺の部屋にはシングルベッドがひとつあるだけだ。心臓がばくばく打ち始める。いや待てないない。


「ふむ。仕様がないのう」


 こっくりさんは当然のようにベッドに横になり、それから俺を見上げた。


「寝ぬのか?」


 寝るけど!


 なんなの? 何かの罠なの? 風呂といい、着替えといい、ベッドといい。なんなのその据え膳。絶対、毒が入ってるやつでしょ!? 食べないぞ。恥で結構。恐ろしい!


 俺はすっかり寝る態勢のこっくりさんに丁寧にお願いして、階段まで戻った。


「母さん、布団出してー」


 ひとつ布団で寝るなんてとんでもない。和室の押入れに友達や親戚が来たとき用の布団があったはず。リビングから続く和室まで下りていくと、母さんが布団を出してくれていた。


「ごめんねなさいね。気が回らなくって」


 はい、と敷布団を渡されて俺はそれを抱えた。父さんがマットレスを、母さんが掛け布団を、こっくりさんが枕を抱えて階段を上る。


「そうよねえ。さすがにベッドで一緒に、はダメよねえ……ダメかしら?」


「おお。枕が浮いてついてくる! すごいね、母さん!」


 なんでうちの親はお花畑ちゃんと能天気くんなんだろう。高校生の息子が部屋に女の子を連れ込んで、あまつさえ一緒に寝ようとしているのにこの緊迫感の無さはなんなんだ。


「じゃあね。おやすみー」


 布団を敷くと二人はさっさと出て行った。

 親ならばもっと心配するべきなのでは。こっくりさんが妖怪だから何も起こらないとでも思っているのだろうか。それとも俺は相当なヘタレだと思われてるのか。甘くみられたものだ。

 まあ、俺サマは理性の塊なのでマチガイなんて起こりませんけど。


「じゃあ。おやすみなさい」


「うむ」


 こっくりさんがベッド、俺が布団でそれぞれ眠りについた。


 ん。だけど。


 眠れる訳ないよね? 女の子と同じ部屋で寝るなんて緊張しすぎてお腹痛い。


 こちらは悶々としているのに、ベッドからはすぐに寝息が聞こえてきた。


 嘘でしょ!?


 爆睡している。どうやらカケラも緊張なんかしていないらしい。それなのに、俺の方は先に寝られたことで却って緊張が高まった。据え膳という言葉がぐるぐる回る。


 ぐるぐる、ぐるぐる。ぐるぐるぐるぐるぐるぐ……。いかん。目が。


 回りそうになった目をガッと開いて天井を見た。豆電球の頼りない灯りでは薄闇しか見渡せない。それでも、何かを探して目を凝らす。

 暗いなかでは目よりも耳が敏感になるものだ。すうすうという、こっくりさんの寝息。さらりと流れる髪の音。衣擦れの音。こっくりさんは浴衣。そういえば修学旅行で浴衣を着たな、と思い出す。朝起きたら寝乱れてほとんど真っ裸で。……まっぱか。


 ダメだダメだ。余計なことは考えるな。どんどん目が冴えてしまう。考えてはいけない。もちろん感じてもいけない。それはもっとダメなやつだ。かくなる上はヒツジでも数えて……。


 ヒツジがいっぴーき。ヒツジがにひーき。ヒツジがさーん……。

 これで眠れると思った人、どうかしている。


 どうやったら眠れるんだー!


 俺は爛々と輝く目を見開いてぎゅっと掛け布団を握りしめた。



  ◇◇



「ぐう」


「ふむ。よう寝ておる」


 こっくりさんは寝台の上で起き上がって郁哉を見下ろした。眠ってはいるが、眉間に皺を寄せてうんうん唸っている。


「夢見が悪いのかのう。可哀想に」


 まあ、今日は色々あったから疲れてもいるのだろう。こっくりさんは頷いて寝台から下りた。


 こんこん、と控えめに窓ガラスを叩く音がする。立って行って窓を開けると冷たい風が吹き込んだ。そして切り取られた窓枠に、闇に溶けるような鴉が一羽舞い降りる。


「だ……」


 嘴を開いた鴉を手のひらで制して、こっくりさんは首を振った。


「その名を口にしてはならぬ。此方こちらでは、大っぴらに話しをするのも駄目じゃ。彼方あちらと違って、此方の鳥獣は話さぬものじゃからの」


 鴉はこっくりさんの肩越しに部屋の中の様子を窺い、それから振り返って通りに人影の無いことを確かめた。


「承知致しました。して、見つかりそうですか?」


 一礼をした鴉が声を落として囁く。


「まだ何とも言えぬが……。うっすらと気配は感じるゆえ、どうにかなろう。其方そちらは変わり無いか?」


 こっくりさんは僅かに眉を垂らして鴉に訊ねた。


「滞り無く」


「うむ。では、引き続きそなたに任せるゆえ、宜しゅうな」


 鴉はこっくりさんの言葉に恭しくこうべを垂れた。


「御心のままに」


 肌寒い秋の風が枯れ葉を舞い上げた一瞬に、窓辺の黒い姿が掻き消える。


「くしゅんっ」


 背後で郁哉が布団に潜り込む気配を感じて、こっくりさんは静かに窓を閉めた。

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