出歩く際の決まり事

おはようございます

 朝です。ちゅんちゅんとスズメが囀る爽やかな朝です。皆さまおはようございます。


 これは、どういうことでしょうか……。



 あったかいなー、と。思ったんだ。まるでふかふかの毛布に包まっているみたいに。


 ……包まれていました。

 目が覚めると、何故か布団に潜り込んできたこっくりさんに抱きしめられていました。そりゃああったかいはずです。やわらかいはずです。回されたこっくりさんの手が俺の腰と頭に。白くて細い指が、寝乱れた俺の髪に差し入れられています。長くてふさふさの尻尾はやわらかく頰を撫でてくれていて、それはそれは心地がいいです。よしよしされている感じでしょうか。優しく撫でられて、あったかい胸に包まれて。とても安心して熟睡出来た模様です。現場からは以上です。


 って。逆だよね? 男女の位置関係おかしいよね!?


 なんでこんなことになっているんだろう。

 こっくりさんはすよすよと眠っている。長いまつ毛の影が頰に落ちて、唇は薄く開かれている。まるで絵に描いたような寝顔だ。本で読んでも嘘くさいと思っていた情景が! 今! ここに!!

 なんということでしょう……。


 まつ毛長いなぁ。眼福。朝からありがとうございます。ご馳走様です。

 でも動くに動けないんだよな。こんなとき、どうするのが正解なんだろう。経験値がなさすぎて全く見当がつかない。誰か教えてください。この際、お花畑な母さんでもヨダレ垂らした姉ちゃんでも構いません。言われた通りに動くから! 自分で判断するの怖すぎる。


 悶々と悩んでいると、俺を包む腕が僅かに動いた。


「うおっ」


「ん?」


 ヤバい。びびって声出ちゃった。寝たふりでやり過ごしたかったのに。


「オハヨウゴザイマス」


 こうなっては仕方がない。何事もなかったふうを装おう。まずは元気にご挨拶だ。


「うむ。よう眠れたか?」


 お。正解か? 正解かもしれない。こっくりさんの反応がナチュラル! やったぜ! この流れで状況を整理してしまおう。


「あの。こっくりさん? どうしてこんなことに……」


 俺は恐る恐る訊いてみた。


「何やらうなされておったからのう。小狐だけの特別サービスぞ」


 それを受けて、こっくりさんがむふふと笑う。どうやら魘される俺を案じて抱き寄せてくれたらしい。そういえば、ゆうべはなかなか寝付けなかったんだった。

 しかし小狐とは。くそう。またお子ちゃま扱いか。男子と女子の位置関係じゃなくて、大人と子供の位置関係だった! 合ってた! ちくしょう。


 俺は乱れる心をなんとか隠してむくりと起き上がった。なるべく男子の威厳を保てるように、ひとつ咳払いをする。


「ありがとうございます。お陰でぐっすり眠れました。でも、だーさんは俺の布団に入ってきちゃダメです」


「はて?」


 こっくりさんは布団のなかで片肘をついて首を傾げた。浴衣、少しも着崩れてないな。ざんね……いやいやいや。それは置いといて。


「何をしておるのじゃ?」


 両手を広げて見えない箱をあっちからこっちへ置き換える俺を、こっくりさんが不思議そうに見上げる。


「なんでもありません。こほん」


 俺はもう一度咳払いをした。その間に身を起こしたこっくりさんとふたり、布団の上に正座で向かい合う。


「とにかく、布団は別々でお願いします」


「そうか?」


「そうです」


「相分かった」


 こっくりさんは頷いて、それからチラリとこちらを見た。


いやな思いをさせたかの?」


 俺はぶんぶんと首を振る。


「嫌ではないです。まったく!」


 むしろ嬉しいです。ご褒美かも。


「でも、それとこれとは話が別なので」


「そうか」


 こっくりさんがほっとしたように微笑む。

 キレイだー。なんか、全然悪霊感無いなぁ。実はやっぱりコスプレ好きのキレイなお姉さんなんでは。いや。わっさわっさと尻尾が揺れている。……本物、だな。うん。あれは生き物の動きだ。滑らかさが違う。


「じゃあ、顔を洗って朝ごはんを食べましょう」


 ぽんと手を打って立ち上がり、布団を畳む。それを部屋の隅に寄せてこっくりさんを振り返った。部屋の真ん中に立ったこっくりさんがふわりと笑う。キレイだー。朝から眩しいぜちくしょう。


「あー。ごはんの前に着替えかな。姉ちゃんが手ぐすね引いて待ってそう」


 こっくりさんの洋服姿は楽しみだけど、姉ちゃんのあの気合の入りようはなぁ。

 苦笑しながら部屋を出ると、案の定、仁王立ちの姉ちゃんが待ち構えていた。


 

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