上手に隠れすぎたら、なかなか見つけてもらえないかもしれません
「本来ならばまだ早い。じゃが、何かのはずみで引き寄せられてしもうたらしゅうての。我が気づいたときにはもう道を抜けておって」
こっくりさんの眉が垂れる。
呼び出されたゆきは、それでもこっくりさんというまじないの仕組みは理解していた。だから紙の上の十円玉を動かそうとした。けれどできなかったのだ。男三人の添えた指が重くて。
「だけどゆびがはなれて、やっと『はい』にうごかせたです。ゆき、がんばりました。なのに、かみがぐしゃぐしゃってされて。ゆき、ころげおちちゃって」
ぐすっ、とゆきが涙ぐむ。
「おちちゃったらどうしたらいいのか、ゆきしりません」
えっぐえっぐとしゃくり上げながらゆきは続けた。
「わかんなくて。こわくて」
「それで隠れたのじゃな。もう暫し待てば我が迎えに出たものを」
こっくりさんはゆきを手のひらに下ろして優しく撫でた。
「道を抜けてみれば姿は見えぬし、我がちと遅かったの。怖い思いをさせた。悪かったのう」
「ええーん。だきにてんさまあ」
ひし、とゆきがこっくりさんの手にしがみつく。
微笑ましいわー。和むわー。
俺の頰も自然に緩む。でも。
「じゃがな、ゆき」
一度膝に下ろした手のひらを持ち上げて、こっくりさんはゆきを目の高さに掲げた。
「我はそなたに申し付けておったな? 付き添い無しに我が庭を出てはならぬ、と」
「ふぇ」
ちょっと怖い顔で見つめられて、ゆきの嗚咽が止まる。
「こうなることが分かっておったからじゃ。しかしそなたは我の言いつけを破った。そうじゃな?」
「ふぇ……」
涙の止まった目が見開かれて、一瞬耳と尻尾がぴんと立ち、それからくしゅんと垂れた。
「約束を守れぬ悪い子にはお仕置きをせねばならぬ。分かるな?」
「ふえぇ」
再びの涙を瞳に湛えるゆきに頷いて、こっくりさんは重々しく告げた。
「当面、ゆきはおやつ抜きじゃ」
「いやですぅーーぅぅ」
しがみついたこっくりさんの手をぶんぶん揺すってゆきは抗議した。けれどこっくりさんは聞く耳を持たない。
「
「いやあぁぁーん」
ゆきはますますこっくりさんの手にしがみついた。すりすりと頬を擦りつけて涙を流す。それを見つめるこっくりさんの表情は厳しい。
でも。
こっくりさんのネコ耳がぴくぴくしている。尻尾もゆっくりと揺れている。
ああ、お母さんみたいだな。と思った。
こっくりさんはゆきの、ゆきたちの、お母さんなのかなあ。
「なあ則ノ内さん。荼吉尼天って、狐の親なの?」
俺と同じように緩んだ顔で二人を見つめる則ノ内さんに訊いてみる。
「ちょっと違います」
則ノ内さんは俺の方を向いた。ちゃんと相手を見て話す子なんだなあ。そう思ってこちらも則ノ内さんの方を向く。俺はこっくりさんたちを見つめたまま、前を向いて話し掛けていたのだ。
「狐は荼枳尼天の眷属です」
「けんぞく?」
なんだか耳慣れない言葉だ。意味もよく分からない。則ノ内さんは物知りだなあ。
「ええと、配下? 荼枳尼天に従う者です」
俺が微妙な顔をしていると、気を利かせた則ノ内さんが補足してくれる。いい子だ。
「配下? だーさんって、そんなに偉いの?」
シャンプー目に染みさせて泣いていた人が?
俄かには信じられない。
「偉いっていうか……お稲荷さんですね」
「え?」
お稲荷さんって、あのお稲荷さん? まさか油揚げ巻いたお寿司の方じゃないよね。
え?
「あの方も、どこかの神社に祀られてるんじゃないかと思いますけど。たぶん」
「ええーっ」
こっくりさんって、神様だったの!?
「わたくしも荼枳尼天様の眷属!」
驚く俺の頭上で、夜一が誇らしげに胸を張る。頭の上で羽を広げるのはやめてほしい。首に負担が……。
「麗しく賢い君にお仕えできることは我らの誇り!」
興奮した夜一はばっさばっさと羽を振る。
「やめろよ夜一、首があぁ」
暴れる夜一を取り押さえようと奮闘するも、俺に分は無い。これまでのやりとりで分かりきっていることではあるのだが、諦めきれずに無駄な抵抗をしてしまう。だって首が捥げちゃいそうで。
ひとつ俺の頭をつついてから、夜一は羽を畳んだ。則ノ内さんの視線に気づいたらしい。そちらに向いて恭しく会釈をする。
「夜一と申します。荼枳尼天様に仕える鴉でございます。以後お見知り置きを」
「相変わらず俺以外への態度が丁寧だな。おかしくないか」
「郁哉は煩い」
「夜一はムカつく。って、痛い痛い! やめろってぇ」
「
俺と夜一のケンカを見てくすくす笑いながら、則ノ内さんも頭を下げる。
「仲よしですねえ」
「どこが!?」
いろいろよく見ている子かと思ったが違ったようだ。全然分かっていない。どうして俺が夜一と。
「だって、先輩の頭から離れないじゃないですか。愛されてるなー、って」
分かっていないどころか勘違いが加速している気がする。
「郁哉の頭は止まり木に丁度好いだけ」
「そうだ。誤解だ」
「うんうん。いいですねー」
俺はごくりと唾を呑んだ。ヤバいぞ。則ノ内さんの目は、完全に三号の目だ。お花畑三号の。俺はよく知っている。お花畑ちゃんには
「そんなことより、ありがとう。ゆきを見つけてくれて」
ここはさっさと話題を変えるに限る。俺は丁寧に頭を下げた。無事に見つかって本当によかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます