鬼はちゃんと全員見つけてあげてください

「いえ、そんな」


 則ノ内さんは顔の前でぱたぱたと手を振る。


「お役に立ててよかったです。せっかく仲よくなれたので、ちょっと寂しいですけど」


 則ノ内さんはちょっとしんみりと言ってから、ハッとしてまたぱたぱたと手を振った。


「違うんです。ゆきがお家に帰れるのは本当によかったなあって思うんですよ。ただ……」


「うん」


 上手い言葉が見つからないらしい則ノ内さんに俺は頷いた。


 うん、分かるよ。俺も寂しい。たった四日だったけど、楽しかった。ずっと離れられないなんて言われてその気になっていた。


「荼枳尼天様はお忙しい御方。あの御方が居らねば、やしろは荒れ庭は乱れる」


 俺の意を察したように夜一が告げる。


「本当に偉い人なんだなあ」


 シャワーにはしゃいでいたのに。酔っ払ってけらけら笑っていたのに。でも確かに、こっくりさんには初めから威厳があった。

 そうか神様か。なんかすとんと腑に落ちる。そしてやっぱり帰っちゃうのか。


 しょんぼりする俺を夜一がコツンと突いた。全然痛くない、慰めるような突き方だ。


「そう嘆くことはない。荼枳尼天様のお社を教えてやろう。郁哉の方から会いにゆけばよいのだ」


「おお! その手が! 夜一、お前いいヤツだな!」


 わしゃわしゃと撫でると夜一は鬱陶しそうに俺の手を払った。


「やめんか、羽が乱れる。わたくしの美しい射干玉ぬばたまのような羽が!」


「だから痛いって言ってるだろー」


 つつく夜一とつつかれる俺を則ノ内さんがうっとりと眺めていたが、気づくのが遅すぎた。


「いいですねー。萌え萌えです」


「は?」


「大丈夫です。私、異種恋愛にもBLにも理解があるつもりです!」


 則ノ内さんは、グッと拳を握る。


「はあぁぁぁっ!?」


 この子何を言ってるんだ!


「違うよ!?」


 俺は叫んだ。声が裏返ってしまったが仕方があるまい。由々しき事態だ。恐ろしい誤解だ。


「夜一はこう見えて女の子だから!」


 変なこと言わないでー。ちょっと想像しちゃった。怖い!


「ああ」


 ぽん、と則ノ内さんが手を叩く。


「異種ヤンデレ恋愛」


「なんで重ねたがるかな!?」


 ていうか恋愛から離れてー。よく見て。相手カラスよ? ほんと頭んなかどうなってるんだ、お花畑ちゃんは!


「楽しそうじゃのう」


 ギャーギャー言っていたらこっくりさんがこちらにやって来た。ゆきを腕に抱いている。


「夜一は気立てのよいおなごじゃ。泣かせるでないぞ」


「だーさんまで!?」


 やめてくれ。頭が痛い。どこをどう引っ掻き回したらカラスとの恋愛が始まるんだ。


「ふむ。郁哉がどうしてもと言うのなら考えてやらぬでもない」


「夜一も乗っかんな。ますます面倒になる!」


 ばっさーと羽を広げる夜一が満更でもなさそうなのが怖い。

 なんなの? 女子だから? みんな女子だから、俺には理解できない思考回路なの? それとも俺が変なの? 実はカラスって恋愛対象なの?


 俺は頭を抱えて蹲った。


 反応が素直すぎて面白い。

 母姉を含め、周りの女性陣にそう思われていることは、知らない方が幸せかもしれない。



  ◇◇



「ひとまず昼ごはんにしましょうか。則ノ内さんもよかったら」


 恐ろしい話題はさっさと変えなくては。俺の提案に、皆んなで芝生の方に移動してレジャーシートを広げる。考えてみれば、こっくりさんは周りの人に見えないのだから俺と則ノ内さん二人で座っているように見えるのでは……。いいのかな?

 ちらりと則ノ内さんの方を窺うと全く気にしているふうが無い。まあいいか。昼時を迎えた公園は人影も疎らになっているし。


 広げた弁当は母さんのお手製で、事情を話していたので則ノ内さんの分もある。事情を話していたから、恥ずかしいイタズラは仕込んでいないはずだ。母さんはなんか変なところでテンションを上げるから、ちょっとドキドキするけど。

 ええい、ままよ!


 ぱかっと開けたお重には、いなり寿司がぎっしり詰まっていた。こっくりさんが大喜びでパクついていたやつだ。

 美味い美味いと喜ばれて嬉しかったんだろうな。母さん単純だからなー。

 思わず笑みがこぼれる。でも。


 ゆきが見つかったから、こっくりさんは帰ってしまうかもしれない。どうやって帰るのかは見当もつかないけれど。

 もう会えないと知ったら母さんは悲しむだろう。母さんだけじゃない。姉ちゃんだって父さんだって残念がるに違いない。そう思うと肩が落ちた。


「郁哉は忙しいな。百面相か?」


 ごはんのために漸く俺の頭から降りた夜一が、正面で小首を傾げる。


「煩いよ」


 鳥が小首を傾げると可愛いんだな。たとえそれが夜一でも。軽く笑って二段目を開く。

 卵焼きに唐揚げ、煮しめとお浸し。銀鱈の西京焼き。彩りにブロッコリーとプチトマト。

 高校生に持たせる弁当かな、これ。どう見てもこっくりさんに照準を合わせている。母さんめ。


「ほう! ほうほうほう! これはなんと美味そうな!」


 食いついたのは夜一だけどな。


「好きなだけ食っていいぞ。さすがに取れないだろうからよそってやるよ。どれにする?」


「全部!」


 夜一は尾羽をぴこぴこさせてこちらを見上げてくる。可愛い態度も取れるんじゃないか。いつもは小憎たらしいばかりなのに、ごはんにつられてゲンキンな奴め。


「へいへい」


 紙皿にいなりと全部のおかずをよそって夜一の前に置く。その様をこっくりさんがじっと見つめていた。


「あれ、だーさん食べないんですか? お腹減ってない?」


 俺が訊くと、こっくりさんは唇に指をあててこてんと小首を傾げた。


「我にも取ってたも?」


 こっくりさんが小首を傾げると、それはもう事件だな。可愛さが殺人級だ。


「すみません。気が利かなくて」


「いや、手間を掛けさせてすまぬな」


「申し訳ございません! わたくしとしたことが荼枳尼天様よりも先に!」


「夜一は気にせずとも好い」


 こっくりさんは澄まして座っている。

 まさか夜一に張り合って……ってことはないか、さすがに。ヤバいな。つい願望が。

 苦笑を漏らしつつ、弁当をよそった紙皿をこっくりさんに渡した。


「足りなかったら言ってくださいね?」


「うむ」


 箸をとったこっくりさんに頷いて、次にゆきを見遣る。


「ゆきはどうする? おっきいままでも食べられるか?」


「ちょっとむずかしです」


「じゃあちっちゃく切るか。いなりは刻み込んだおにぎりを母さんがゆき用に作ってくれているから、それを食べるか?」


「はいです」


 ゆきもかわいいなあ。あれ、ちょっと待って? 俺って今、女子に囲まれてない? もしかしてハーレ……。


「ゆきはの子ぞ?」


 口元にいなり寿司を運んだこっくりさんが、じっとこちらを見ながら告げた。

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