思いの丈を贈り物に込めてみるのもいいでしょう

「いやいやいや。ダメですって。うちの学校、結構厳しいんですよ」


 なんでも以前盗った盗られたの騒ぎがあったらしく、装飾品絡みの規則が厳しい。抜き打ちの持ち物検査も度々あるし、見つかったら取り上げられる。下手したら卒業まで返してもらえないという噂もある。


「言うたであろ。我の加護を解き取ることなど出来ぬ。その腕ごと切り落とすと言うなら話は別じゃが」


「怖っ。何物騒なこと言ってるんですか」


 いくら校則が厳しくても、現代日本で腕ごと切り落とすなんて罰則は有り得ない。


「そうは言うがの、郁哉。おぬしの腕を切り落としてでも我の加護を得たいという輩は大勢おるぞ?」


「荼枳尼天様の御加護は絶大。得られれば富も権力も思いのまま」


 存在を忘れるほどだんまりを決め込んでいた夜一が、バサっと羽を広げた。


「郁哉には勿体ない」


「だから夜一は俺の頭をつつかずに喋れないのか」


 喋りだしたと思ったらつつきだしやがった。なんなのもう。


「それはちょっと難しい」


「なんでだよ。賢い鴉なんだろう?」


「勿論! わたくしは賢い鴉!」


 夜一が胸を張る。広げた羽の先端までビシッと気合が籠っていて、夜一の自信が窺えた。


「けれど郁哉の頭皮には抗い難い魅力が……」


「なにそれ嬉しくない」


 頭皮に魅力とか意味が分からない。それに、このままでは本当にハゲてしまう。


「あんまり毟りすぎると、夜一の大好きな頭皮も死滅してしまう」


 だから言ってやった。


「なんと!?」


 夜一が驚愕にふるふると打ち震える。


「なので、つつくのはやめなさい」


 しめしめ。俺は神妙に頷きながら言い渡した。勝った、と思った。


「それは無理」


「なんで!?」


 けれど世の中って思うようにいかない。


「抗い難い魅力が……」


 夜一が頭皮をつつく。

 もしかしてほんのちょっと心持ち。当たりがソフトになったかもしれない、ので。今のところはよしと……するしかない、悲しき俺なのであった。


 そんなことより縒り紐のことである。


「本当に腕を切り落としに来られたり?」


 俺は恐る恐るこっくりさんに訊いてみた。俺は極々一般的な高校男子だ。そんな血腥ちなまぐさい事態はまっぴら御免なのだ。


「ああ。案ずることはない」


 震える俺を見て、こっくりさんはあっけらかんと言った。


「我の加護は絶大じゃが、不届き者への報復もまた苛烈。それを承知で手を出してくる阿呆はそうそうおらぬ」


「今、しらーっと怖いことを……」


 俺の背を冷たいものが流れる。苛烈な報復って何!? 震えを通り越して硬直した俺を余所に、こっくりさんは涼しい顔だ。怖いんですけど。


「それに、その緒は誰にでも見えるものではない。我の髪を撚った緒は言うなれば我の一部。我の姿を見ることの出来ぬ者にはその緒も見えまいて」


「え。そうなんです?」


 それなら学校で没収される心配もない。


「うむ」


 こっくりさんが俺の手を取って笑った。


「だから、片時も離さず大事におし」


「大切にします」


 こっくりさんのくれた縒り紐は、仄かに輝いてほんのりと温かい。見当もつかない絶大な加護よりも、今はその温もりの方が俺には嬉しかった。


「まだ帰らないでください」


 温かくてほっとして、だからつい言葉が衝いて出た。こっくりさんが目を丸くする。


「せめてうちの家族に声を掛けてからにしてください。黙っていなくなられたら、みんな悲しみます」


 家族にかこつけて、俺はこっくりさんを引き留めた。かっこ悪いけれど。実際みんな悲しむと思うし、数日とはいえ共に過ごしたのだから最後に挨拶くらいするのが礼儀というものだろう。


「仕様がないのう」


 こっくりさんの細められた目の奥の瞳が嬉しげに輝いた。それを見て、俺はほっと息をつく。


「それでは明日、皆に声を掛けてから去ぬるとしよう。あまり溜めると後がしんどいからのう」


 頰に手を当てたこっくりさんが、僅かに眉を顰めて吐息を漏らした。


「溜める?」


「うむ。今頃はきっと、未決の書簡が山積みじゃ。もしかすると雪崩れを起こしておるやもしれぬ」


「え」


 未決の書簡ってそんな。会社の事務員さんじゃあるまいし。


「務めなど何処も似たようなものぞ」


 こっくりさんは眉を垂らす。


「しかも神頼みに訪れる者は真夜中だろうが早朝だろうがお構い無しじゃ。山積みの陳述書と次々持ち込まれる願い事。寝る間どころか休む暇もないブラックなお仕事じゃのう」


「神様って大変なんですね」


「うむ」


 こちらはのんびりとして楽しかったのう、と。こっくりさんが笑った。

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