夢のマイホームは二階建て

 綺麗なI型システムキッチン、窓も大きく、一部屋ごとのサイズもワンルームと同じかそれ以上。

 一階は主に家族の共同スペースであるが、一室だけ畳張りの部屋が用意されている。トイレも一階と二階に一つずつ設置され、混雑をなるべく避けようと配慮されていた。

 二階は四部屋ある。窓の位置が異なるだけで構造は一緒で、全て掃除するだけでも一日掛かるだろう。

 

 洗濯物を干せるベランダは二階にあるので一々一階から洗濯物を上に運ぶ必要があるが、洗濯と乾燥が一体化している洗濯機を購入すれば解決する。

 壁は白い。光を反射しているのかと言わんばかりに室内は太陽の輝きで満たされ、普段との違いに彩斗は目を細めっぱなしだ。

 3LDKという完全に宝の持ち腐れでしかない家を一括で購入した際には彼は緊張してばかりだったが、そのお蔭である意味夢のマイホームが叶った。

 不動産側も昨今の不況で一戸建てを売ることに必死だ。それが功を奏し、質問にも必要以上に答えてくれている。ネット回線の種類を何も言わずに教えてくれた時にはナニカと一緒に少し笑っていた。

 

 家族には購入について一切伝えていない。

 彩斗達のことなど気にしてはいないであろうし、何時も通りの額を送り続けていれば彼等は特に疑問に感じはしないだろう。万が一家族の元に家の購入が知られれば、妹に寄越せと言いかねない。

 互いに不干渉であるとはいえ、妹の事になれば彼等は迷わず干渉する。それで騒がれて時間の無駄となるのは彼には勘弁してほしいが、少なくとも妹の現状もあって家族は彩斗に意識を向けている余裕は無い。

 

 それにアイドル業は人気になれば儲かる。期待の星とされている妹であれば、遠くない内に有名人としてテレビにも多く映るようになるだろう。

 家電製品を設置し、家具やカーペットといった最低限の準備を済ませ、新しくなったパソコンに電源を入れる。

 ナニカが求めた水準のパソコンは三桁万円もする恐ろしいスペックだったが、それを使っても足りているとは言えないと脳内で断言した。

 ゆくゆくはパーツを一から自作し、三倍の能力を獲得したいとのこと。

 そんなことが出来るのかと一瞬思いはしても、きっと出来るのだろうなと彩斗は苦笑するだけだった。


『うんうん、作業スペースも問題は無いね。 外には後付けで物置を置けば良いし、五分の範囲にスーパーもコンビニもある』


「近場には病院もあるから緊急でも間に合うな。 立地としては最高じゃないか?」


 駅が多少遠いとはいえ、そんなことは些事だ。

 良い立地になれば必然的に値段も高くなる。実際に立地の悪い場所と比較した際に五百万も価格差が生まれていたのには彩斗は驚いてしまった。

 条件次第で家の値段なんて際限無く上がる。それを実感して、九枚のパソコン用モニターに視線を向けた。

 投機用ツールをインストールし、内の六枚には社会情勢やグラフを表示。残りの三枚は普段使いであり、動画を見ることもあれば別の作業を行う時にも使う予定だ。

 これまでとはまったく異なる生活空間に慣れることはない。長生きの為の最善を尽くせとナニカが助言されるまま布団に至るまで厳選をしたが、彼には元々買い物を楽しむ趣味は無かった。

 単純に効果があるのであれば何でも良いだろうと思うばかりで、その点のナニカの小五月蠅さはさながら女性のようだ。

 そういえばと、彩斗は不意に浮かび上がった疑問に思考を回す。


「お前って結局男なのか女なのかどっちなんだ?」


『随分今更な質問をするね。 ――まぁ、僕に身体は無いからね。 男だろうが女だろうが、どっちでも変わりはしないよ。 君が好きなように決めれば良いさ』


「それもそうか。 ま、俺もどっちでも良いかな」


 これまで当たり前のように二人で過ごしていたが、性別について意識を向けたことはなかった。

 二人で一つと思っていたので彩斗としては男だと思っていた可能性はあるが、それでも自覚自体は無い。そもそも、身体の無い相手に性別を尋ねるのは間違いだ。

 性別を判断する特徴が無いのであれば、ナニカだって男か女かなど考えはしないだろう。どうでもいいことであり、直ぐに二人の頭の中からこの話題は消えた。

 代わりに出てくるのは今後の予定だ。最初の百億を達成し、稼いだ額で必要な物をある程度揃えた。

 これから道具や素材を購入して中で作っていくのだが、それと同時に一つ達成しなければならないことがある。彩斗は自身の腕を曲げ、力瘤を出せるかと全力で力を入れた。

 しかし、力瘤が視認出来ることはない。辛うじて筋肉が盛り上がっているように見えているが、そこまでだ。

 とてもではないが戦闘をする身体ではない。これから度重なる激戦をする以上、肉体作りは必須だ。これも企画書の中に含まれ、もしもこの時点である程度完成していれば短縮は可能だった。

 

「設備を整えつつ、肉体改造に精を出すと。 ……退職の手続きもやらなきゃなぁ」


『投機ツールはオートで設定してあるから毎日確認してくれ』


「ああ。 ――しっかし、やる事が多いとやっぱり身体が二つ欲しいな」


 やらねばならない事が多過ぎる。身体が一つではとてもではないが分担なぞ出来ないし、かといってこの遊びに他の人間を混ぜるのは本意ではない。

 あくまでも真実を知るのは二人だけ。そうでなければ何処でどんな情報が漏洩するかも解らない。彩斗達は極端に人間不信ではないが、それでも赤の他人に対して常に疑問の目を向けている。

 人は理由があれば簡単に裏切ることをこれまでの経験で知っていた。告げ口、情報漏洩、成果の横取りや仕事の押し付け等、己を良く見せたいが為に他者を陥れる人間は数多い。

 反抗したとしても相手が上司であれば言葉の暴力に晒され、酷ければ望まぬ部署まで移動となる。そのような例は実際に彼も見ていたもので、されど無気力状態のままでは助けることも無かった。

 被害を受けた人間が退職したとしても、ああそうかと思うばかり。彩斗は過去の自分を振り返り、なんとも無情な人間だと批判した。

 

『身体に関してはそれこそロボットを作るしかないけど、それ以上に僕がどうやれば君の身体から離れられるかを調べなきゃならない。 仮説だけなら幾らでも立てられるけど、もしも失敗すれば被害は僕だけじゃ済まない』


「最悪は両倒れ。 ……落ち着くまでは休む暇は無いな」


『でも、楽しいだろう?』


 勿論と彩斗は答えた。

 やる事は多いが、それを短縮する手段をナニカは企画書に記している。その通りに動けば、早くて三年後には物語を始めることが可能だ。

 ナニカが求めた肉体の水準も過度に高い訳ではない。勿論普通の人間よりは動けなければならないし、鍛えれば鍛えるだけプラスに働くのは確かである。それでも無理をしないようにとナニカが配慮してくれているのは、企画書から伺い知れた。

 身体を二つにするにはロボットでも作らなければ始まらない。ならばそれが出来る環境まで待つだけだ。今の世の中、必要機材を揃える手段は無数にある。

 一昔前であれば電話や現地で購入しなければならなかったが、通販であれば多くを手に出来る。金に糸目を付けなければナニカが納得するだけの品も見つかることだろう。

 難しい部分はナニカが全て担うと言ってくれた。ならば彩斗に求められるのは、知識ではなく力である。

 身体を作り、武器の振るい方を学び、最終的にどの武器が自分に向いているのかを見定めるのだ。実銃も学ぶ必要があるので体験会にも積極的に参加し、徹底的にナニカが求める肉体を作り上げる。

 

『いいかい、一つ注意してくれ。 僕等が求めているのは創作的な動きだ。 現実的な動きの方が効率的でも、恰好良さを重視して動くことを忘れないでくれ。 その方が見てくれる人達も楽しめるだろうさ』


「成程……創作的な動きか」


 考えることは多い。引っ越し終了の夜はそのまま二人の話し合いの時間となり、早朝近くなるまで盛り上がるのだった。

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