業炎の悪魔
――ハァァァァァァァァァァ……。
迸る炎の悪魔は嚇怒を前面に押し出して自身の焔でマグマックスを焼く。
その炎を必死に亀は振りほどこうとするも、首根っこを掴まれた状態では噛み付くのも困難だ。締められている所為で口内からマグマを発射することも出来ず、他に出来るのは砲台を稼働させて無理矢理撃ち抜くことのみ。
如何に炎に対する高い耐性を有していても限界はある。炎の悪魔は急激に温度を上げ、徐々に亀の肌が高温に耐え切れずに焼き焦げていく。
激痛に悲鳴を上げながらも砲台は悪魔に向いている。碌にチャージも出来ない一撃ではあるものの、悪魔を吹き飛ばす程度の威力は十分にあった。
二門で二つの大岩を形成して発射。
射線に狂いは無く、目前でもあるので威力は最大。しかし、悪魔と亀の間に彩斗は姿を現した。
直撃コースに入った彼は拳をきつく握り締め、真正面から迫る大岩に二つの拳を片方ずつぶつける。莫大な衝撃がスーツに流れ込み、流石の彩斗にも骨の響く感触が伝わってきていた。
だが、全力でチャージされた一撃ではない。大岩も圧縮されて堅牢である訳ではなく、勢いそのものも全力と比較すれば児戯に等しい。
故に激突した時、砕けたのは岩の方だ。破砕された岩々は細かい礫となり、スーツを叩いて海に落ちる。
失敗した。そう認識した隙を悪魔は見逃さない。
小規模な水蒸気爆発が悪魔の通る箇所で起きる。彩斗を追うような形で悪魔は亀の首を握り締めながら今度は全身で火山を取り込んでいく。
甲羅は頑強だ。数千度の温度でも耐え切れる強固な殻を砕くのは容易ではなく、故にそもそも破壊しない。
乱れる気流を操作して炎を火山の頂点から侵入させていく。接触点から煮え滾るマグマと同一化を行い、次々にマグマックスの動力源を奪い取る。
チャージは出来ない。噴火を起こすことも出来ない。急速に抜けていく力の前ではマグマックスは最早置物だ。
悪魔のサイズはますます増大し、焼ける肌面積は増えていく。皮膚は炭化していき、眼球の水分は飛び、生物としての死は避けられない。
最後の足掻きと、亀は未だ硬度を保つ爪で悪魔に突き立てた。
弱弱しい一撃は致命傷にはならず、気体の姿である悪魔には物理的なダメージは期待出来ない。だから、その攻撃に意味なんてものはあらず。
空となった火山の底にあるカプセルを燃やし尽くし、遂に亀は生命活動を終了させた。
ゆっくりと水底に落ちていく亀を見て、悪魔も姿を消失する。炎は消え、風も吹き止み、マグマは凝固してマグマックスと同じ海の底に落ちていった。
『……はぁ。 任務完了』
『了解。 帰還せよ』
流石に、彩斗自身も確かな疲労を感じていた。
腕は軋んで痛みを発している。グローブ部分を見ると破れている箇所が見え、そこから血だらけの肌が露出していた。
もう一撃でも砲撃を砕こうとすれば先に壊れていたのはスーツの方だ。パーカーも今回ばかりは汚れを大量に纏い、帰ってからのメンテナンスで澪から小言を大いに貰うだろう。
時間配分は誤差数分。戦い方については一任されていたので、彼女に任せていればもっとスーツの破損が少ない戦い方が出来た筈だ。
ノリにノった結果が故に今回は破損を許した。その分の小言は受けねばならないと、先程から何も言葉が来ない事実に恐怖しながら透明化を行い帰還する。
靄が晴れ、自衛隊達の目からは何時の間にか彩斗の姿は消えていた。
代わりに落下していく怪獣の姿が薄く見え、戦闘の終了を確認した隊員達は連絡を入れて彩斗の捜索に出る。
見つかるとは思っていない。今頃は姿を消して何処かに向かっているだろうなと確信しつつ、先程の戦いを思い返した。
怪獣と炎の悪魔の戦い。あれを人と怪獣の戦いと呼んで良いのかは疑問だったが、操っているのがレッドであるのは間違いない。
正しく怪物狂騒。化け物が化け物を食い殺す様は野生の食物連鎖を彷彿とさせる。
隊員達は自分達が蟻になった気分を味わっていた。
蟻にとって、人間同士の争いは総じて怪物同士の争いに見えるだろう。明らかな領域外に蟻が出来るのは逃げることのみで、それを仲間達は恥とは思わない。
あの戦いでも同じだ。怪物同士の争いに人間は手を出せないし、距離を取ってしまうのも致し方無い。例え叱責を受けたとして、悪いのは叱責した側だと誰もが思う。
恐ろしい。怖い。世界にはあんなにも常識外の存在が居るのかと、これまでの現実が酷く遠くに感じてしまった。
同時に、自分が今生きている事実に胸が震えた。無味乾燥とした日々を過ごした訳ではなくとも、あの一戦を見てしまえば人間が解決出来る問題が全て下らないことに思えるのだ。
自分達の都合などあの怪物達には関係が無い。その無情さに、圧倒的さに、畏怖と羨望が奥底から湧き起こる。
その日、怪獣討伐の知らせが世間に流れたのは日付変更後の零時だった。
被害は高知県の一部地域に留まり、死傷者は零。避難者達は我先にと家々に戻り、テレビを付けてニュース情報を食い入るように見つめた。
SNSもヴェルサスの情報発信担当である早乙女兄妹が殲滅の確認を澪から受け取り流している。ヴェルサスの場合は画像付きでもあるのでショッキングではあるが、それが正確性を裏付けてくれた。
コメントは感謝一色。帰りの車に乗る前に文章を打ち込んでいた早乙女兄妹も数々の言葉に頬を緩ませて喜び合っていた。
二体目の怪獣もヴェルサスが撃破。超能力者は民衆を守る正義のヒーローとして認知を広げ、ニュース番組では誰もその件について否定しない。
「――お疲れ様。 疲れたかい?」
「あ、ああ」
人々が今日の無事を喜んでいた頃、彩斗と澪の間には微妙な空気が流れていた。
怒りと呆れの混ざった半目で澪は彩斗を睨み、彩斗は大人しく正座して顔をそっと逸らす。スーツは既に脱ぎ、彼の今の姿は私服のものだ。
溜息を吐き、澪は破損したAMSを見やる。本来であればマグマックスに対しても傷を付けることなく勝利を掴めた筈なのに、見栄えを重視し過ぎて汚れや破損が目立つ。
彼女が簡単に調べた限り、破損箇所は二つ。グローブ部分とパーカーの一部だ。特にグローブ部分は破け、筋力強化の恩恵を三割程度しか受けられなくなっている。
単純にエネルギー経路が寸断されていたのだ。その状態でも最低限は動けるように彼女は設計していたが、まさか二回目でここまで壊れるとは想定していなかった。
「もう。 もう少し上手く使ってくれよ? あんな炎なんて出しちゃってさ」
「すまん。 後先を考えなかった」
「修理するのは君じゃないんだからね。 ……予備があるから大丈夫じゃないんだよ?」
「ああ、本当にすまん」
素直に彩斗は澪に謝罪した。
彼女は確かに彩斗が十全に暴れられる環境を作り出し、振舞いについて自由を与えている。しかしそれは無茶をしないことが条件だ。あの炎の悪魔はマグマックスと戦うに関してあまりにも過剰だった。
そうせずとも、拳に炎を纏って岩を直接溶解させながら砕けば良かったのである。純粋な物理で突破出来ないのであれば、内側から飛び込んでチャージ中にカプセルを破壊すれば簡単だ。
それをせずに炎の力で強引に押し切り、負担を強いた。そしてもう一つ。
「君の身体にも傷が付いちゃったし、暫くは鍛錬は禁止。 あの子達にも暫くは会わないこと」
「解った」
彩斗自身の身体に傷がついたこと。怒りの占有率で言えば此方が高く、心配が本心であることを彩斗も理解している。
まったくと言いながら彼女はタブレットを動かしてプリンターを起動させる。AMSの修理パーツを製造する為に機械は動き始め、一日もすれば全てが揃うだろう。
しかし、彼女は修理パーツ製造に加えて別の情報もプリンターに送っていた。その所為でプリンターの製造完了時刻は大幅に伸びる。
送った情報ファイルには名前が付いていた。その名は再変換人形――――新たな存在が世界の注目を集めるまで、残り一週間。
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