対の意味

 後方で爆発音を轟かせながら彩斗は高知近海に向かう。

 マッハの速度で僅か二分で到達した海には、今は何も反応が起きていなかった。マグマックスは向かっていると澪が脳内で囁くも、遠くに高知の大地が見えるだけの海は非常に不安にさせる。

 だが、その内に今度は日本本土から戦闘機が向かって来た。数は三十と怪獣を相手にするには多いとも少ないとも言えないが、お蔭で不安を抱えるだけの状況は改善されている。

 彼等の出撃は緊急のものだった。残り三日となった距離を短縮して迫るなど予想の外であり、パイロット達は慌てながらも警戒を厳にして周囲を飛び回っている。


 パイロットも彩斗の姿を視認したことでいよいよ緊張は限界まで高まっていく。

 生死を掛けた戦いはこれまでの人生の中でも大なり小なりあった。自衛隊に所属する以上、生死の掛からぬ任務に付くのは論外だと言えるだろう。

 お役所仕事ではないのだ。極めて命と隣り合わせであるからこそ、如何に対象が非現実の生物相手でも現実逃避をせずに済む。

 怪獣が世界に存在する。物語の怪物が現実で牙を剥き、日本を人の住めない環境に変えようとしている。

 許せるものではないし、倒すことに否やもない。己で出来る全力でもって職務を全うするつもりだが、現実問題として彼等の装備はシデン時の物と大差が無かった。


『そろそろ、だな』


 彩斗の小さい呟きは誰にも拾われない。

 だが、彼の眼下で煌々と光るものがあった。それは丸く、周囲には巨大な影がある。ゆっくりと浮上し、彩斗の存在を無視するように巨躯を晒さんと姿を見せた。

 先程まで遠くの海域に居た筈の亀が日本近海に出現する。火山を背負った凶悪な顔は、どう好意的に見たとしても善良であるとは言えない。

 

「Vaaaaaaaaaaaaaaaaa……」


 息を吐くように漏れる声。低く、巨大生物らしい音はパイロット全員に戦慄を抱かせる。

 亀の機嫌は頗る悪い。目前に立つ彩斗の姿を視界に収め、目を細めて蒸気の如き白い息を吐く。その吐息だけで摂氏数百度に迫る高温なのだが、AMSには効果は無い。

 高温も低温もスーツには何ら影響を齎さないのだ。それを理解した亀は鼻息を荒くして口を開ける。

 再度噛み付こうとするのか――いいや違う。口の奥から灼熱の激流が迸り、目前の彩斗を容易に飲み込んだ。

 吐息程度では済まないマグマの液体の中で彩斗は微動だにしない。マスクは問題無しを告げ、熱さは彼の身体に悪影響を齎すこともなかった。

 極めて良好。異常の無い出来事に僅かな安堵を感じつつ、手を払う動作でマグマを吹き飛ばす。

 

 加減を一部解除して手を振れば、それだけで極大の風が発生する。操作をすることは不可能であるが、純粋に相手の攻撃を吹き飛ばせる暴風は使い勝手が良い。

 先程の攻防で打撃は意味が無いことは解った。であれば、残りの手段を試すのみ。

 事前にマグマックスの攻略法を知っている彩斗であるが、レッドはその事実を知らない。一つずつ試すように動く為、相手の甲羅にまで移動する。

 そのまま手を刃に見立て、首に向かって手刀を見舞う。

 虚空を切る動作は常人であれば何も起こせないし、現実である限り不可思議を実現するのは不可能だ。

 

 されど、此処は二次元の劇場。不可思議が現実となる場において、虚空に放った手刀は衝撃の刃となってマグマックスの首を落さんと激突する。

 肌に食い込む勢いで叩き込まれた衝撃は断頭の刃として十分な性能を誇っていたが、何分マグマックスは硬い。

 罅が入るような音を立てながらも両断には至らず、皮を薄く切った程度。防御を抜けたとは到底言えず、しかもマグマックスの更なる怒りを彩斗は買ってしまった。

 小規模の噴火が起こり始め、甲羅の頂点から流れ落ちるマグマから外に出る。平気であるとはいえ、そのまま無心で攻撃だけを続けては見栄えが悪いだろうという判断からだ。


『二番煎じか』


 先程の口からのマグマだけは新しいが、それ以外は極めて同じ。マグマックスは脅威的な硬度を持っているものの、攻撃自体は工夫出来ないものばかりだ。

 だからこそ、耐え切れるのであれば負けは無い。マグマックスの持ち味は耐久であり、相手が先に体力切れになることを狙っている。亀の肌を突破出来なければ千日手となるが、彩斗はAMSの限界を知っているのだ。

 そもそも突破出来るように澪は作っているので出来ない方がおかしい。故に、もしも千日手になった場合は彩斗自身の責任となる。

 それではレッドの敗北も同然。人類内にて最強であることを維持することなど到底不可能だ。

 

 超能力者でも負けることがあるのは構わない。だが、他の人類が勝利し続ける状況になるのだけは絶対に避けるべきだ。

 彩斗達が特別視されているのはその能力もあるが、圧倒的な力もあるからこそ。この相手にだけは歯向かってはいけないと思わせなければ現状を維持することは出来ない。

 亀から離れ、海面スレスレで着地する。降り注ぐ岩石の群れを拳で破砕し、彼が離れたことで戦闘機達も自身の武器を放つ。

 撃ち込まれる弾とミサイルは着弾しても傷を付けない。されど煩わしいのは事実であり、澪は命令を与えて怪獣の意識を自衛隊に向ける。


『今のうちにね?』


『OK、予定通りに』


 脳裏に金型を作る。イメージに合わせて風は容器を作り、彼は自身の身体から炎を立ち上らせた。

 温度を上げに上げ、空気を送り込んで加速度的に巨大化する炎は自然と風の容器に入る。徐々に形成されるのは腕であり、胴体であり、頭部だ。

 彩斗の背中に浮かぶ紅蓮の悪魔。海面を蒸発させる音が雄叫びのように辺りに響き、誰もがその威容に目を剥く。

 化け物を倒せるのは化け物だ。その常識をなぞるように、生物が如き動きをとる炎の塊は更に巨大化を遂げていく。

 二倍に、三倍に、四倍に、五倍六倍七倍と。マグマックスを飲み込む程の焔の顔は、常に肉食獣が獲物を発見したものと同じだ。


 白目は無い。目は黒く、口も黒い。

 実体が無いながらも、それは最早目の前に居る怪獣と寸分も変わりないだろう。これを見て誰が味方であると思えるのか。

 発生者が彩斗でなければ新たな敵の登場に絶望するところだ。ただでさえ紅蓮の悪魔に畏怖を抱いているのに、これ以上追い詰められれば発狂する人間も必ず出てくる。

 マグマックスは口を開き、更には両肩の砲台も動かして悪魔を狙う。甲羅が赤く変わる程にチャージされたマグマの一撃は、そのまま直撃すればスーツでも破損する。

 

 マグマックスが発する熱は海面蒸発を加速させ、周辺には白い靄が生まれていた。

 二体の姿は依然として視認出来ているが、温度は常人が既に生きれるものではない。海に居ながら焼け死ぬ可能性がある世界が眼前で展開され、ついに亀が一斉に力を解き放つ。

 放射されるマグマの軍勢は壁のように迫り、悪魔はそれを両手で構えて受け止める。

 双方共に炎の属性である。激突した瞬間に風の容器は壊れ、炎とマグマが混ざり合う。弾頭としての役割を持つ岩は悪魔を撃ち抜き、容器を破壊して高知の大地に突き刺さった。

 建物を粉砕する二つ岩に避難者達は悲鳴を上げるも、落ちた場所は人気の無い公園やスーパーマーケットだ。被害が建物だけならまだマシな部類である。


 炎の悪魔は敵のマグマを吸収して空いた穴を塞いだ。細かい岩が混ざり、その手を急速に亀の首に伸ばす。

 第二射を撃つにはチャージが必要である。その隙を逃さぬよう、首を掴んだ悪魔は一気に対象を燃やし尽くさんと紅蓮に猛った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る