お前は結局、何も知らないのだ
人間とは目の前に死にそうな誰かが居た時、二つの選択肢が浮かぶ。
助けるか、見捨てるか。助けて自分の今を捨てるか、見捨てて自分の今を取るか。――そして人間は往々にして助けてしまうものだ。
死んでしまう誰かを見捨てることに多大なストレスを抱くが故、精神異常者でない限り組織という大きな枠組みであっても人命を最優先してしまう。
この場合もそうだ。重要なのは怪獣を追うことであって、人命を救うことではない。ボートを浮かばせて潜水艦は怪獣を追うべきであり、ヘリも少数だけ残しておけば良いのだ。
彼等のこの活動によって人命を尊ぶ姿を国民に見せることは出来るだろう。バッシングは少なくなり、批判する者達に対抗することも出来る。
されど、それ即ち怪獣を後回しにすることに繋がる。
原因を放置しては第二の被害が起きるだけだ。隊員達もそれは理解しているが、海に漂う兵士の数は多い。全員を拾い上げれば自然と時間が掛かり、彼等が終わったのは怪獣が消えてから三十分も経過した頃だった。
潜水艦に大部分の人員を入れ、少数をヘリに乗せて日本に戻る。
対象が何処に行ったのかを知るのは現状彩斗だけ。彼の肩には何時の間にか機械の鳥が止まり、何事かを彩斗に語り掛けていた。
『解った。 では続きを頼む』
『ああ、備えとけよ』
『無論』
澪との会話は酷く短いもの。それでも、見知らぬ機械の鳥が水中に潜る姿を目撃すれば何かあったと考えるだろう。
鋼のボディは光を反射し易い。隊長格がその姿を見て――これからの方針を固めるには彼と話をしなければならないと決意した。
日本に戻るのは決定だ。問題は戻った後の行動である。
潜水艦は先に発進させた。ヘリも殆どが戻り、残った少数に隊長格は命令を飛ばす。
『第二小隊、レッドに接触し情報を入手せよ』
「……構わないのですか?」
『今は非常時だ。 有用な情報は喉から手が出る程欲しい』
「了解。 聞けるかは解りませんが、やるだけやってみます」
通信が切られ、小隊長は溜息を吐きたい気持ちを抑えた。
接触が必要なのは彼も理解している。しかしそれでも、何故自分の小隊がそれをしなければならないのか。不満を溜め込みながらパイロットに指示を下し、耳に手を当てているレッドに近付くことを命令した。
中には六人のメンバーが居る。女二人に男三人の面々は散っていた残り僅かな兵士を集めることを理由に残され、今はその行為もついで扱いに成り下がった。
最重要なのはレッドから情報を手にすること。誰も彼もが緊張を張り付かせながら向かい、彩斗も近付いてくるヘリを視界に収めた。
『突然申し訳ございません。 私は第十二普通科大隊四班・永井と申します』
『何の用だ?』
短くも鋭い声に小隊長の額に汗が滲む。
此処に残された面々は新人ばかりだ。震災等にも人手が割かれ、数多くの新人が突然現場に放流されている。隊長である永井も勤続年数で言えば多くはなく、新人を漸く抜けた程度でしかない。
そんな面々に国の存続を左右する相手を任せるなど非常識甚だしい。何か不都合な出来事が起きた際に生贄にするつもりだと彼は考えている。
彩斗も彩斗でこの接触は慎重にならざるをえない。相手は国を守る武力であり、今後のストーリー展開においても重要な組織である。
出来る限り友好的な関係を築きたいが、相手の対応次第では険悪になってしまうだろう。レッドとしての口調に過剰な嫌悪を持つようであれば、残念ながらそれまでだ。
『今後の敵の動向について何か掴めてはいますか』
『……その言葉から察するに、お前達側は何も見つけられていないようだな』
『恥ずかしながらその通りです。 我々の現在のセンサー類では海中深くに潜った不明体二号を追跡することは出来ません』
こうなれば、自分を下げて下げて下げ続ける。
敵対の意思は無いことを示し、その上に相手に優越感を抱かせるのだ。それで相手がぽんぽんと情報を出してくれれば良いのだが、マスクに隠れた視線が何処を向いているのかは誰にも解らない。
『なら急いだ方が良い。 敵は既に日本に急速接近している、もうじき本土間近にまで到達するぞ』
『なっ!?』
彩斗から齎された情報に永井は驚愕を口にした。即座に班の一名がヘリに備え付いている通信機を用いて戻っている部隊達に連絡を送り、永井は焦りながらも更なる情報を引き出そうと口を回す。
『……恐れながら、何故貴方は動かないのですか?』
『此処から日本など俺にとって目と鼻の先だ。 だが、件の奴が何処に浮上するかは解らない。 メンバーの一人が追跡をしているが、依然として情報は無しだ』
『では、出てきた瞬間を狙うと?』
『そうだ――っと、来たな』
小さな水飛沫と共にメタルボディの鳥が姿を現す。
生物をメタル化させたような自然な動作に隊員の一名は興味を擽られたが、別の隊員が足を踏んで割り込むのを阻止。拘束している間に鳥は口を開け、彩斗へと情報を齎した。
『敵の速度は中々のものだ。 後十分もしない内に日本の間近まで接近するぞ』
『近い場所は何処だ』
『高知県土佐市。 上陸した場合の最終目的地は――恐らく広島だ』
恐らくと告げた声は女性のものだ。その声に永井は紹介動画で見たもう一人の能力者の姿を脳裏に浮かばせた。
彼女は推測の形で最終目的地を挙げたが、その言葉は酷く断定的だ。あの場所に上陸したのであれば広島に向かうのが当然であるかのように語っている。
それは意味不明なことだ。怪獣の行動目的が不明な現在、ただ人を襲うことが目的ではないかと自衛隊内では噂されていた。
過去のシデンが出現した際も特別な建造物は存在せず、過去に何かが起きた事実も無い。極めて平凡な海域から怪獣が出現した以上、彼等の目的地こそに何かあるのではないかと考えるのが普通だ。
とはいえ、怪獣に由来するような物は無い。別の何かが影響を与えているのではないかと調査を進め、様々な説が浮上しては否定されを繰り返している。
だからこそ、永井の中に確信があった。
通信先のフローは怪獣の行動目的を知っている。知っている上で、未だ外の誰にも話していない。
『成程、そういうことか。 直ぐに戻る』
『最悪は私が動くが……どうする?』
『無用だ』
そしてレッドも解っている。恐らくはアルバイトとして雇われている早乙女兄妹は知らないであろうが、レッドとフローは世界の誰も知らない多くの情報を持っているのだ。
その全てを知れれば、自衛隊の方針も明瞭になる。探り探りの状況を打開し、怪獣殲滅に特化した兵器開発も進むだろう。
鳥は伝えるべきを伝え、空へと舞う。遠くの彼方に消えた鳥を見送り、彩斗はさてと口にした。
『俺は先に戻るとしよう』
『……一つだけ質問を許してもらえませんか』
『何だ』
『何故、あの怪獣の目的が広島であると?』
答えてもらえるとは思っていない。せめて手掛かりの一つでも手にすることが出来れば。
そんな気持ちで尋ねる永井に対し――――レッドは露骨に嘲笑を放った。
『お前自身が経験していないことを嘗ての広島は経験した。 それが怪獣を、いや連中を広島に呼ぶ理由になっている。 そして、今後も怪獣達はその通りに誘導されるだろうよ』
嗤い、嗤い、嗤い。何処までも何処までも馬鹿にするように告げ、レッドは足裏の火を強めて日本を目指す。
残された面々は訳が解らない気持ちだった。通信機で高知近海に出現すると伝えた隊員も、どうして彼が突然嘲笑したのかが理解出来ない。
自身は経験せず、広島は経験した。
その出来事が怪獣を引き寄せる要因となっている。その出来事がレッドに嘲笑を浮かばせる要因にもなっている。
解らない、分からない。何もかもが解らないままだ。それでも手にした手がかりを記憶に留め、彼等は救助活動を行うのだった。
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