学生から見た現代の流れ

 マグマックス討伐から二日後、世間は元通りの生活を取り戻していた。

 元来、日本は大地震の次の日でも働いている事が多い。それが望んだものでないとはいえ、それでも危機の後には苦しい仕事が再開されていた

 休むことはよっぽどの理由が無い限り許されない。一番大変だったのは自衛隊とヴェルサスだったのだとまで言われては、体調不良すらも黙殺されていた。

 そんなブラックな話があちらこちらで散見される日本のとある場所。安全になったことで帰って来た者だけで再開された学校で早乙女・蓮司はチャットを読み込んでいる。

 内容は二週間の自主練。鍛錬内容は事前に送られ、曜日ごとに割り振られている。週末だけ彼はレッドと鍛錬をしているので、自主練が二週間になることは然程違和感が無い。理由もレッドが負傷したからだと納得出来るもので、電話をした際には何時も通りの本人の声が無事に来ている。


 奈々は何とかお見舞いは出来ないかとフローに送っていたが、全て却下されていた。

 無理もない。レッドが居るのはヴェルサスの本部だ。アルバイトの身分で正社員ばかりが居る本社に入れるものだろうか。相応の用事があるなら兎も角、個人的な理由で隠された本部に入れる訳が無い。

 奈々本人は納得出来てはいないが、機密保持は大事だ。常に見られる側である早乙女兄妹では何処から発信機を潜り込ませられるかも解らないのである。

 ちなみに、盗聴器の類を仕込まれたのは五回。追跡されたのは十五回。どれもフローが発見して潰している。

 お蔭で彼等は荷物一つでも気を遣わねばならなくなった。自分達は芸能人か何かかと思いつつ、教室中の視線を全て無視する。

 

 怪獣騒ぎが終わってから日が浅い。日本はこれからも怪獣に襲われるだろうことを危惧し、既に自衛隊は複数の企業と協力して新型兵器の開発に着手することを報道陣に告げていた。

 ヴェルサスが叩けない中、新型兵器開発は議論の話題に上り易い。このままヴェルサスに頼るべきだと言う者や正体不明の者達の手を借りるのは一国としてどうかと言う者。他国も巻き込んだ大規模な開発に乗り出すべきだと言う者まで様々で、時には税金を無駄に浪費するだけだと打開策をまったく提示せずに批判だけをする者も居る。

 他国も今後自分達が怪獣の被害の対象にならないとは限らないとして開発を進める旨を告げており、加速度的に怪獣対策は進もうとしていた。

 大型ロボット、パワードスーツ、大型武器。SNSでも盛り上がっている怪獣対策兵器は、今やヴェルサスに並ぶトレンドでもある。


 動画も盛沢山だ。現在の人類の既存技術で怪獣を打倒出来る兵器を作り出せるかと検証され、活発的に趣味人の間でも意見交換が行われている。

 怪獣とヴェルサス。今、世界の中心は間違いなくこの二種類だ。

 その片方に所属している早乙女の存在は非情に稀有である。人々に認知されていながら、直接的な悪意をぶつけられることはない。精々羨ましいと言われる程度で、それくらいは二人も甘んじて受けている。

 自分以外の人間が同様の状態になっていれば己も羨望の一つや二つくらい抱く。虐められている時であれば余計にその羨望は加速したかもしれない。

 

 最近、早乙女を虐めていた真木達は別の人間を虐めるようになった。

 対象は同じクラスの女子。彼と同様に眼鏡を掛けた長髪の少女は見るからに文学少女で、少なくとも対人関係に強いとは言えない。その女性の名前を早乙女は知っているし、声も授業中に聞いた覚えがある。

 彼女は正しく早乙女のような人間だ。虐め行為に怯え、ただ耐えることだけを選んだ非力な人間。今でこそ早乙女は喧嘩に負けるとは思えなくなっているが、それは彩斗に鍛えられた結果である。

 彼女の場合、虐めの内容は真木からの命令や男子陣のセクハラだ。胸を揉まれる姿を時折見ることがあり、やはり誰もが彼女を助けようとしない。

 それでも早乙女のように距離を取るのではなく、同情的な視線を向けられることが多い。中には同じ文学系の女性達が秘密裏に彼女を昼食に誘うこともあった。

 

 彼女への虐めは最悪だったが、それでもどん底ではない。真木に敵対的な視線を向ける人間も増えに増え、虐めているメンバーからは離脱者もそれなりに出ている。

 真木の天下は砂上の楼閣。何時か崩れ落ちると解っているからこそ、早乙女自身は何もしない。今の自分が迂闊に厄介事に首を突っ込める立場ではないことに加え、そもそもからして助けようとも思えないからだ。

 距離を取った者の中には件の少女も含まれている。我ながら小さいとは感じつつも、それでも助けてくれない相手に手を差し伸べることは出来ない。

 勝手にすれば良い。俺に関わらないのであればどうなろうとも良いんだ。


「……ん、着信?」


 携帯のバイブが二度鳴る。鳴ったのは普段使いの物ではなく、仕事用の物だ。

 ロックを解除してチャットを起動させると、そこには彩斗からの文章があった。明日の放課後に会わせたい人間が居るから時間を作れと言われ、即座に了承の返事を送る。

 早乙女にとって課題を除けば放課後は暇な時間だ。それに、彩斗からの紹介であれば相手はヴェルサス所属の可能性が大いにある。

 能力者の方ですかと尋ねれば、そうだと彩斗は即座に返してきた。その文面は妹も見たようで、彩斗を心配しながらも喜々として時間を作る旨を伝えている。


「そういやそうだよな。 あの人達だけが能力者って訳じゃないだろうし」


 世界では能力者探しが起きている。早乙女も彼等二人だけが能力者であるとは思っていないし、世界中で捜索が始まるのも自然といえば自然だ。

 ヴェルサス所属の新しい能力者。その情報に喜々とした感情が浮かばないとは言えない。どのような人間かは定かではなくとも、個性的な人間なのだろうと彼は推測を立てていた。

 奈々からは私物の携帯から早速チャットが送られている。楽しみ過ぎてどのような人間かを推測するつもりなのだろう。その微笑ましさに苦笑を浮かべながらも早乙女にそれに乗った――――いいや、正確には乗ろうとした。


「早乙女君、今良いですか?」


 横から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 即座に表情を真顔に変え、対象の観察の為に首を動かす。そこに居たのはセーラー服姿の金髪美少女。髪を短めに纏め、翡翠の瞳を持ったその女性は高嶺の花を連想させる。

 友好的な笑みを浮かべて話し掛ける彼女のことを早乙女は知らない。反面、周囲は若干の騒がしさを表面に出し始める。

 早乙女に向けられていた視線が全て彼女に向けられ、それについて当の本人は一切気にしていなかった。どうやら注目を集めることに慣れているようだ。


「すいません、どなたでしょうか?」


「あ、ごめんね。 私は三年の月見・由紀。 一応生徒会の人間なんだけどね」


「生徒会の方ですか……。 それで、自分にどのようなご用件でしょう」


 生徒会の人間であれば皆に知られていても不思議ではない。早乙女は興味関心が無かったので一切知らないが、そのことに彼女は少々驚いていた。

 自分の見目の良さを理解している証拠だ。彼女の反応を見て、見掛け通りの性格ではないと彼は即座に判断した。

 余計な接触は余計な騒ぎを起こす。それは生きている中でいくらでも経験することだ。少しでも平和に過ごしたいのであれば過度に誰かに関与せず、家族だけに注力していた方が良い。

 軽く用件だけを尋ねたら直ぐに断って去るつもりだ。早乙女はそう決め、月見の用件を聞く。


「正確には私が用がある訳じゃないの。 会長が、ね?」


「はぁ」


 早乙女の脳裏に面倒な予感が過った。

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