断じてこそ誠実である

「ようこそ生徒会室へ、我々は君を歓迎するよ」


 革張りのソファ。書類仕事に用いるスチール机と椅子。

 窓からは夕日が差し込み、開いた窓からはそよ風が入り込む。机と同じスチール製の棚は側面に設置され、中にはファイルが詰められている。

 早乙女がこの部屋に入ったのは初めてだった。何せ学生という身分であれば最高位とも言うべき生徒会の活動部屋である。行事の纏め役もする関係上、一端の生徒よりも責任は重い。

 教師と密に意見を交わすこともあるし、数多くの生徒達とも会議をすることがある。半分だけ社会に出たような者達だからこそ、彼等の活動は就職においても有利に働くのだ。


 そんな場所に早乙女は立ち、眼前の席に座る男性を見やる。

 日本人的な黒髪に黒目。しかし顔は端正で、早乙女と比較すれば月とスッポン。イケメンの部類に入る先輩の風貌は会長らしく生真面目なもので、少なくとも優男には見えない。

 緩く弧を描いた口元は真実早乙女の入室を歓迎している。他の生徒会役員達にも敵意は無く、極端に女性ばかりを選出されていないことから欲望に支配されている訳でもないと早乙女は推測を立てた。


「私の名前は阿久津・正人。 知っているとは思うがこの学校の生徒会長をしている」


「早乙女・蓮司です。 本日はどのようなご用件で御呼出しを?」


 真面目を絵に書いたような男。

 それが早乙女から見た阿久津の評価だ。そして、真面目な顔をしているからこそ警戒も厳とする。馬鹿な人間であれば多少は気を抜けるが、そうでないなら何処に落とし穴があるかも解らない。

 下手に長引かせれば有利になるのは相手だ。故に単刀直入に早乙女は用件を尋ね、うむと阿久津も頷いた。


「昨今、君はとある組織に所属した。 ヴェルサスと名乗る組織は現時点では日本の味方をしているが、何時世界の敵になるかは解らない。 ……君自身の立場が酷く不安定な状態であるのは、勿論理解してるね?」


「勿論ですが、その事で会長に何か関係があるのですか」


「私にとってはあまり無いんだが、私の叔父が国会議員でね」


「ああ、成程」


 短い会話だが、それだけで何を言いたいのかは理解した。

 要するに、阿久津の叔父はヴェルサスを正式に日本所属の組織にしたいのだ。いや、より細かく言えば阿久津の叔父の組織としたいのだろう。

 ヴェルサスは秘密組織のような側面があり、その内情を日本中の誰もが知らない。敵か味方かも不明な現在において、それを秘密裏に私物化したとしても言い訳はいくらでも湧いて出る。

 政治家であれば嘘も誤魔化しも得意だ。甘い蜜を啜る為にもあくどい手法は多く理解している。

 先ずは情報発信担当である早乙女兄妹から。その次に彩斗と澪を金か女かで釣り、更に奥へ奥へと掌握を進めていく。

 

 その未来を想像し、早乙女は冷笑を零す。

 あまりにも――そう、あまりにも。目の前の男も、その叔父も、彼等の事を甘く見ていた。そんな簡単に掌握することなど出来ないだろうし、そもそも彼等は積極的に何処かに所属する素振りを見せたこともない。

 ヴェルサス所属になっても未だ一度も彼等の素顔を見ていないのだ。そこまで警戒感の強い彼等が、一体どうして稚拙な攻撃を捌けないと思う。一周回って面白さすらも出てきてしまい、それを見た阿久津は僅かに不快感を露にする。

 

「無理でしょう。 燃やされるのが関の山です」


「果たしてそうかな。 何時までも正体不明を維持すれば、やがて多数の人間が彼等の勧誘に向かう。 そこには無数の罠が敷き詰められ、君達が利用されることもあるだろう」


「だから早い段階で何処かの飼い犬になれと?」


「飼い犬という表現はあまり適当ではないな。 私の叔父はこの時代の中ではまともな議員だ。 馬鹿げた私利私欲でヴェルサスを利用することはないさ。 日本に正式に所属となれば、自衛隊とも共同で活動することが出来る。 それは日本を守ることにも直結する筈だ」


「それはつまり、日本の縛鎖に囚われることにも繋がります。 何処かの所属となれば確かに民衆は安心するでしょうが、必然的に政府の指示に従う形となってしまいますよ」


「それは仕方無いだろう。 安心を得る為に大きな母体に属することは必要だ。 ……これは君達の為でもある」


 個人が集団に勝てる望みは現実的ではない。常識的に考え、如何に足掻いたとしても地位や資金が無ければ疲弊して餓死するのは当然だ。

 安心出来ない日々は容易に余裕を削り、自棄に走らせる。これが一般人の自棄であれば警察でも止められるが、彩斗のような超能力者が自棄になられてはどれだけの損害が生まれるかも解らない。

 だからそうなる前に何処かの大きな母体に所属し、その中で資金や資源の提供を受けながら怪獣を撃破してもらう。

 それこそが阿久津の叔父が考えた彼等への懐柔策。他国を圧倒する戦力が他所に行ってしまうのを危惧した、実に自明な結論である。


 怪獣に全滅があるとして、その全滅の果てにあるのは超能力者達の奪い合いだ。

 将来、世界の戦力バランスは超能力者によって成り立つと論を発した者が居た。その内容は小難しい言い回しを避けた簡潔なもので、彼等が本気で戦えば戦車も戦闘機も塵屑同然となる。超能力者を倒せるのは超能力者のみとなり、如何に多くの超能力者を保有するかで国の優位性すらも定まるだろうとされていた。

 これは決して一笑にされるものではない。寧ろ逆に、シビアに考えねばならぬ問題だ。

 だから争いが起きる前に明確に誰が何処の所属であるかをはっきりとさせる。これは彩斗達にとっての不利益には通じず、故に国家防衛リストから外れる条件からも逃れていた。

 

「ヴェルサスが日本組織として扱われれば政府も多数の支援を約束するだろう。 君達に対する身辺警護の他に、高額な給料や各施設の無料使用等も叔父は考えているようだ」


「――くだらない」


「何?」


 説明の数々は早乙女にとっても理解出来るものだ。

 超能力者達の奪い合い。それは確かに起こるであろうし、早乙女自身もその争いに巻き込まれる。今でさえ盗聴や尾行があるのだから、次は早乙女自身を攫って人質にして情報を取ろうとしても不思議は無い。

 日本がそんな人の悪意から二人を守るというのだ。心強いは心強いが、早乙女の心に波を立たせることは出来なかった。

 実にくだらない。一体全体、何を勘違いしているというのか。


「あの人達の活動を表に出す必要なんて無いんですよ」


 早乙女兄妹は知っている。彩斗も澪も目立つことを良しとはせず、出来ることなら秘密裏に怪獣を処理したがっていた。

 最早それは不可能であることは知っていて、それでもなるべく日本に被害が及ばないよう瀬戸際で上陸を防いでいるのだ。

 負傷して、でも負傷した事実は誰にも見せないように隠して。

 鍛錬の時には護身程度と言いながらも、怪獣相手でも逃げ延びれるだけの実力を与えようと苦心していた。

 それは苦しいものだが、同時に解る。レッドがどれだけ訓練メニューで頭を悩ませているのかを。その有様は誰かを助けるヒーローのようなもので――――そんな二人を何処かの誰かが縛るなんて許されない。


「あの人は英雄だ、ヒーローだ。 誰の称賛も求めていなくて、誰の協力も求めていない。 己で全てを解決すると決め、全身全霊であるからこそあそこまで強い。 あの人の傍に小石が居てはいけないんですよ」


「……権力を弱いと君は言うのか」


「あの二人の前では何の意味もありません。 その気になれば国程度落せる方達ですよ? 弱い人間が彼等の足を引っ張ってはいけないんです」


「だがな……」


「――――調子に乗るなよ」


 阿久津は早乙女の顔に息を呑む。

 それは夢に憧れた子供のような顔だった。

 それは神に己の全てを捧げようとする狂信者の顔だった。

 それは己の光に無闇に近付こうとする者を食らおうとする番犬の顔だった。

 ただの一学生が出せない気迫を前に、阿久津も他の役員達も二の句を告げない。生物としての格が違うと強制的に刻み込まれ、中には震えを隠せぬ者も居た。


「ガタガタ言葉を並べるな。 弱い奴が強い奴に意見をするな。 虫唾が走るんだよ、そういうの」


 関わるな。

 最後にそう告げ、早乙女は憤怒を抱えながら生徒会室を出て行くのだった。

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