再変換人形はボーイッシュな女性

「二話まで終わった。 現在の状況を整理しようじゃないか」


 早乙女が生徒会長に会う一日前。

 早朝の時刻ではあるものの、二人は寝惚けた様子も無しに顔を合わせる。既に朝食は済ませ、テーブルに置かれているのは一つの装置と何時もとは異なる黒ボディのタブレット。

 普段使いの白ボディのタブレットは澪が持ち、彼女はにこやかな笑みと共に振り返りを始めた。


「シデン、マグマックス。 予定されていた怪獣の内、先ずは二体が終了した。 レッドと呼ばれる超能力者は活躍し、紆余曲折がありながらも世界中でヒーロー視されつつある」


「始まり最後だけを語れば予定通り。 だが、過程は大分異なったな」


「そうだね。 大地震に早乙女兄妹、私の登場に動画とSNSの運用は間違いなく私達が想定していたものとは異なってしまった」


 本来の予定であれば、二人だけでこの活動は行われる筈だったのである。

 この時点で五話まで終了し、依然として超能力者はレッドだけ。外部の人間を仲間にすることも無く、動画やSNSを運用することもなかった。

 巨大な地震に、想定外に興味を引く存在。イレギュラーが立て続けに起きたことで遅れは大きくなっている。

 澪が不機嫌になってもおかしくない状況は揃っていた。にも関わらず、彼女自身は微塵も怒りに支配されていない。確かに予定は遅れているが、それでも消化しているものは消化している。

 最近であれば最上家との縁も切れた。あの忌々しい家族との関係が無くなった事実は澪に爽快感を抱かせたものだ。

 

 地震については余計極まりなかったが、早乙女兄妹というリアルに熱い人間を見ることが出来た。今も必死になって彩斗達に食らい付く様には将来を楽しみにさせる余地が存分に残されている。

 それでいて馬鹿な真似もしない。澪が最も嫌う望まぬ線路外しは起こってはいないのだ。だから彼女は今に対して憤慨せずに笑うことが出来ている。 

 彩斗も彩斗で充実した日々を過ごしているのは事実だ。怪獣との戦いは楽しいもので、骨にまで響く激痛すらも快楽を発生させて狂わせてくれた。

 人々の注目も依然として大きいまま。軍が企業と提携して行う対怪獣兵器についても興味津々だ。


「筋書きは残したままだけど、やっぱり柔軟性が必要じゃないかと思うよ。 好奇心ってのは大事ってことだね」


「確かに。 想定外の刺激を与えてくれるのは此方にとっても良いことだ」


「てなわけで、僕は予定を前倒しにしようと思います」


 人差し指を立て、澪は声高らかに宣言する。

 予定の前倒しは澪のボディとフローとして参戦する二回だけだ。どちらも澪絡みであるのはやはり物語の登場人物が殆ど彩斗に割り振られていることが大きい。

 彼女はタブレットを数回操作し、そこに書かれたオリジナルの筋書きを見せる。

 登場人物の欄には澪と彩斗の他に数人書かれ、その全てが今後登場する能力者達だ。とはいえ、誰かを能力者に仕立て上げる訳ではない。


「今後僕等はますます注目される。 それに比例してあの子達にも危険が付き纏い、もしかしたら脅されて寝返ってしまうかもしれない。 あまり考えられないけどね」


「そうだな。 あの子達の芯は随分と硬いが、それで現実の全てを解決出来る訳じゃない。 かといって全部を俺達が守っているようじゃあの子達の成長にも繋がらない」


「それに僕等にだって予定はある。 常に監視をするのも難しい現状、やはり追加の役者を増やした方が良い」


「……それでこれか。 納得だな」


 指でタブレットを叩き、今度はデザイン画を引き出す。

 二人であれが良いこれは駄目だと意見をぶつけ合った結晶として、その姿は燦然と輝きを放っている。瑠璃色の髪は毛先に近付く程白に染まり、瞳は紺碧。少年のようにも少女のようにも見える顔立ちは、好奇心に満たされた猫のようにも見受けられた。

 白い無地のシャツに太腿を見せつけるようなジーンズのショートパンツ。上着としてヴェルサス所属を示すパーカーを羽織り、十代の女性らしさを感じさせた。

 澪同様、美醜についても問題無い。彼女の場合は可愛い寄りに設定した為、見惚れる人間は多く出ることだろう。

 

「女性タイプばっかりだけど、なるべく周囲を警戒させたくないからこの子にしようと思ったんだ。 駄目だったかい?」


「まさか。 周囲が華やぐことは良いことさ」


「良かった。 実はもう作っててね、今更無しは無理だったんだ」


「……ああ、通りで。 修理パーツだけを作るにしては時間が掛かっているなぁと思ってたんだ」


「何事も迅速に。 時間を掛けるのは散々したからさ」


 演劇を始めるまで、二人は数年を我慢した。

 今更停滞するのは我慢出来ない。迅速に事を起こし、過程を楽しみ、無事に終結させる。故に彼女の速度は彩斗の想像を超えていることも多い。

 サポートアイテムの類が充実しているのこの為だ。予測されるあらゆる道具を事前に用意したからこそ、不測の事態にも対応することが出来ていた。

 彩斗ももう我慢は出来ない。暴走列車が如くに終わりまで駆け抜け、閃光のような日々に狂喜を覚えるだけだ。

 

 新たに加わるメンバーには専用のAIが搭載されることになる。自由性のある思考を持たせず、余計な情報を漏らさないように設定されたプログラム群は澪の渾身の作品だ。

 彼女の作るAIは他のメンバーにも用いられ、その性格は各々異なる。今回の場合は姉気質の優しい人間だ。

 戦いになれば柔らかな笑みを浮かばせながら冷静に処理し、技量はこれまでの彩斗から取った身体データを元に更に独自の進化を遂げさせる。

 全てのAIには一つの絶対的な命令が刻まれていた。

 即ち、最上・彩斗を何よりも尊重すること。裏切らず、害意を向けず、友人か恋人のような関係性を維持する。彩斗はその情報を知らないが、澪は知らないままで良いと口にしなかった。


「完成は残り六時間。 ちょこちょこ弄ったらあの子達にもお披露目しよう」


「連絡はこっちで入れるよ。 そっちはそっちで集中してくれ」


「解った。 ――空き部屋も掃除しなきゃね」


 新しいメンバーが増えるとなれば、必然的に生活する空間も必要となる。

 大きな家を購入したのはこの為だ。作業スペースが欲しかったのもあるが、増えた居住者によって狭苦しくなることを避けたかった。

 購入時から定期的に掃除はしてきたものの、細かい部分には汚れが溜まっているだろう。

 一度徹底的に掃除し、その上で彼女の生活に必要な家電や家具を購入する。アンドロイドであるのだから電源を落せば良いかもしれないが、何となく彩斗はそれを嫌った。

 非効率的であれど、彼は一緒に生活することを選んだのだ。


 決定すべきことを決めた二人は早速行動を開始する。彩斗は掃除に、澪はボディの完成を進めて時間は過ぎていった。

 お昼になれば自然と集まって昼食を摂り、家電ショップ等に立ち寄ってテレビや照明を購入していく。基本的な物は全て揃えるつもりであるが、今後AIが進化していけば自己の好みで変えようとするだろう。

 こういった準備は最低限で良いのだ。過度にやっては金の無駄となる。

 テレビを眺めていると、またもや百合の姿が視界に入った。今度はドラマの一場面のようで、男性に告白されて涙を流しながらそれを受け入れている。

 その仕草は自然で、きっと彼女は今も努力を続けているのだろうなと彩斗は素直に感心した。

 しかし、感心以上のモノは湧くことはない。直ぐにテレビから視線を外し、今度はカーテン等を購入する目的で近場の専門店へと繰り出した。


 テレビに映る百合は泣いていた。ただただ、泣いていた。

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