明るき女性は全て嘘
空。
氷の大地が敷かれた上空で早乙女兄妹は彩斗達と顔を合わせる。
今日の自主練は既に終わっていた。放課後ということもあって陽は傾き、二人の身体からは大量の汗が流れている。
夏も終わり始め、汗は若干の冷ややかさを感じさせていた。体温が奪われる感覚も何時ものことで、今更身体が震えることもない。
今日は彩斗が適宜指摘をしてばかりだった。会わせたい人物は姿を見せず、到着に少し遅れると早乙女兄妹は説明を受けている。集合した時に早速紹介が始まると思っていただけに、二人は肩透かしな気分を味わっていた。
とはいえ、自主練の間に連絡が入ったのだろう。
集合した段階で現在の二人の成長率を澪が評価し、そのまま解散とはならなかった。そのまま待機が命令され、二人は帰るのが遅くなると家に連絡を入れている。家には澪が直接届けてくれるようで、親達が外に出る必要は無い。
「そういえば、どんな人が来るんですか?」
「私も気になります!」
彩斗が腕を組んで沈黙を貫く中、早乙女兄妹は澪に質問を飛ばす。
所属や能力者か否かは聞いたが、性格や男女については一切聞いていない。初対面の人間と会話をするのは蓮司は得意ではないのだ。丸っきり知らないよりも少しでも情報収集を行い、なるべく失礼の無いように振舞いたい。
澪はそうだなと口にし、マスクを付けた顔を空へと向ける。
『彼女は技術部門の職員だ。 私達の戦闘を有利に進める道具を作成していて、戦闘に秀でている訳ではない』
「彼女ってことは女性なんですか!?」
『そうだ。 少年と年齢も近いし、比較的話が合うだろうさ』
技術系の人間で年は蓮司と年齢は近い。
その事実は少しだけ蓮司を驚かせた。ヴェルサスの能力者は二人しか知らないが、どちらも声と背丈から予測するに年上である筈だ。特殊な組織であるので未成年が含まれても不思議は無いものの、実際に聞くと不思議なものである。
しかも女性。奈々は同性であることに喜んではいたが、蓮司は大丈夫だろうかと不安を募らせる。
これで三対二。同性は今のところ彩斗のみで、彼との会話は短いものばかり。和やかな会話はそもそも無く、出来れば接し易い人柄であることを心中で祈った。なお、蓮司の内心は澪にはお見通しである。
やがて澪はフードに隠された耳に手を添え、何事かを話し始めた。彩斗は遠くの空に視線を移し、兄妹もつられて顔を向ける。
夜になり始めた空には依然として何も映っていない。少なくとも一般人である兄妹には都会では見れない星空が僅かに見えるばかりで、見えているのは超能力者組だけだ。
そのまま待っていると、不自然に揺れる人影が見えてきた。右に左にと揺れる物体は明らかに自然のものではなく、近付けば近付く程にそれが人間であることが解る。
パーカーをはためかせながら氷の大地に着地し、ついに兄妹は待ち人に出会った。
ヴェルサス所属を示すパーカーの色は紺。肩口に金槌と鋸が交差するマークが付けられ、技術部門を示しているのが一目で解る。
彩斗達との違いはズボンだ。彩斗も澪もズボンを穿いているが、彼女だけはジーンズのショートパンツを穿いている。
防御の欠片も無い生足は艶めかしさを帯び、胸を見ている訳でもないのに思わず蓮司は目を逸らした。
「――ふぅ。 やっと到着したよ」
彼女の最初の声は、変声期が訪れる前の少年のようだった。
パーカーの前を開いて無地のシャツを晒して熱を外に逃がす。その胸は巨乳と呼ぶ程育ってはいなかったが、明確にあると解るくらいには豊かだ。
そして、彼女は兄妹の目の前でフードを脱ぐ。
これまで一度として脱がなかった能力者がついに外すのかと蓮司は期待し、そして出て来た顔に二人揃って呆気に取られてしまった。
「で、君達がレッドの言っていた情報発信担当かな?」
彼女の顔は日本人としての、いや世界の平均を軽く飛び越えた域に届いていた。
正しく現実離れをした美しさ。髪の色も普通の人類の範疇から外れ、さながらアニメから出て来たような美人がそこに居る。
緩やかに浮かべる笑みには柔らかさがあり、口調にも棘は無い。少なくとも敵対の意思は持っていないようで、先ずはその点に蓮司は安堵した。
「初めまして。 早乙女・蓮司と言います」
「妹の奈々です。 お会いできて嬉しいです!」
「僕はモザン。 それと何時も通りにしてくれて構わないよ、そういう言葉にはあまり慣れてないし」
ボクッ娘、だと!?
更なる衝撃に蓮司が襲われる中、澪と彩斗が彼女に近付く。互いに久し振りだなと軽い挨拶を行い、早速話題は早乙女達が所属したことについてとなる。
『クリエイター。 本部の連中はどんな反応だ?』
「モザンと呼んでくれよ、別に見知らぬ仲じゃないんだからさ」
『お前は今日仕事で来ているんだろう? プライベートでもない相手と馴れ合うつもりはない』
「かー、これだから君は。 誰が君達の装備を準備しているか解っているだろう? 少しくらいは仲良くしようと思わないのかい」
『装備面については感謝しているが、それはそれだ。 どうしても私的な話がしたいなら仕事外に来い』
「――言ったね? それじゃあ、これをフローさんお願いしまーす」
パーカーの内側を弄り、モザンは一枚の丸められた紙を取り出す。
渡された澪はその紙を開き、文面を読んでほうと言葉を漏らした。その反応に兄妹は首を傾げ、モザンだけは腕を組んで得意気な顔を出す。
内容は命令書だった。何の効力も無いオリジナルの代物だが、精巧に作られた書類は本物にも見える。これがヴェルサスの書類だと言われれば、誰も不審には思わない。
命令は一つ。即ち、日本に侵攻する怪獣を撃滅する彩斗達の元に居ること。
『暫くは此方で生活すると?』
「そ! 技術者が遠くに居る状況で緊急事態が起きれば間に合わないかもしれないでしょ? それに、蓮司君や奈々ちゃんについて皆気にしているみたいでさ」
『やはりか。 無能力者を仲間に引き入れた件はこれまで無かったからな』
「え?」
蓮司が予想外といった顔をする。
だが考えてみればその通りだ。例え戦闘に出ない技術者であっても、超能力者のことが解るのは同じ超能力者だけである。無能力者では超能力者側の気持ちを全て理解出来るとは限らず、微調整をしようとすれば必然的に能力持ちの技術者が多く必要だ。
彼女が此処に来たのも彩斗や澪のサポートが目的であり、兄妹についてはついでである。
それでも、無能力者を引き入れたのは本部からすれば驚きである。誰かしらを派遣させて様子を調べようとするのも納得出来るものだ。
澪もその判断で口にしたが、モザンはちっちっちっと口で言いながら指を振る。
「確かに無能力者を引き入れた件は今まで無かったよ。 でもそれ以上に、レッドとフローさんが引き入れたって事実が重要なのさ」
告げられた言葉に、澪も彩斗も何も返さなかった。
蓮司も不思議に思いながらも考えを巡らせ、彼等が何も発しない理由を予測する。
無能力者を引き入れた事実は前例が無く、組織の人間が気になるのも確かだ。しかし、モザン曰く目の前の二人が前例を破った事実に組織側は騒いでいる。
昔から規律を気にする人間だったからなのか、それとも組織内において大きな影響力を持っているのか。
蓮司が考えた予測の中で持ち上がった二つの可能性は、その内片方が正解だ。だから二人は何も言葉を発しない。
「創設者達が何かを始めようとしている。 本部側の推測はコレだね」
創設者達。
その単語に何も思わないことを蓮司はすることが出来なかった。
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