創設者―オリジン―

 創設者。

 その設定は筋書きの中に登場するものだ。ヴェルサスの名前自体は即興ではあるものの、以前から組織を出すことは決定されていた。

 複数の能力者が似たような恰好をして揃って怪獣と戦う理由付けだが、それ以上に組織に所属する超能力者に浪漫を感じたのである。

 彩斗も澪も面白いものは直ぐに採用する傾向にあった。早乙女兄妹の例を挙げれば二人の感性も解るだろう。


 創設者とは、即ち組織を最初に立ち上げた者達。

 ヴェルサスの前身を作り上げた者は三人存在し、彩斗と澪はその三人の内の二人となっている。

 それ以前に現れていた超能力者達を纏め上げ、怪獣を撃滅する集団を結成。最初は生身の状態で殴り合うことも珍しくない蛮族団だったが、独自に技術を磨いたことで今や既存の科学技術を凌駕する装備を作り上げるまでに至った。

 

「リーダーが言ってたよ? あの二人に限って面白半分で引き込む真似はしないだろうって。 お蔭で直接会ってみたいって人達が多いんだ」


『バゼルの奴め、余計な事を。 自分の影響力を理解してないのか』


「ブーメランって知ってる?」


 忌々し気に呟く彩斗にモザンは即座にツッコみを入れる。

 忘れてはいけない。創設者である時点で彩斗も澪も超能力者達の間では有名人なのだ。頼られることも勿論多く存在し、そして怪獣の討伐数も一番多いことになっている。

 全ては虚構であるのでこの会話に何の意味も無いが、だからこそ自然と出てくるような嘘の羅列は他者を欺かせた。

 人間、隠し事の一つもないように話される嘘には騙されてしまうものだ。


「まま、兎に角そういう訳で僕は君達についても報告することになっている……んだけど、レッド達から見ればどんな評価だい?」


『見所はあるが、実力は無い。 元が一般人だったからな。 実力が無くて当然だ』


 レッドとしての評価に早乙女兄妹は若干の気落ちを見せた。

 本部の人達が注目する程の人物に自分達は見出されたのだ。ならばそれ相応の理由があると期待するのは避けられない。

 彩斗本人から直々に鍛えられているのも、澪が兎に角厳しい指摘をするのも、全ては自分に何か特別なモノがあるから。そう思えたなら、もっと努力をすることが出来ると漠然と二人は思っていた。

 

 されど、現実はこの評価。

 解っていたことだ。理解していることだ。所詮は学生でしかない二人に達人のような真似は出来ず、彩斗本人からも戦闘要員としては数えられていなかった。

 鍛えられているのも護身目的。決して超能力者達の戦場に参加させる目的ではなく、澪が後ろで深く頷いていることからもそれが解る。

 しかし、モザンは少々以外そうな顔をしていた。まさかそんな人間を此方側に引き込むとはと、瞬きを繰り返している。


「本当に戦えないの? 何か特別な才能があったとか全然無く?」


『ああ。 正真正銘、普通の学生だ。 家族の為に全てを差し出そうとする、な』


「――ッ」


 確信を込めた彩斗の言葉に、モザンは息を呑む仕草を取る。

 まさかと言わんばかりの表情には、驚き以外の別の感情も宿っていた。その事に蓮司が疑問符を浮かべていると、モザンは蓮司に顔を向ける。

 

「……重ねちゃったの、妹さんと」


『止めろ』


 瞬間、殺意が彩斗が噴き出す。

 濃密なソレに直接向けられていない蓮司達の肌が粟立つが、モザンも澪もまったく動じていない。逆に、それこそが真実であるとモザンの顔は確信を抱いていた。

 何が起きた。どうしてこうなった。

 息苦しさはこれまでの比ではない。全身から血の気が引き、奈々に至っては身体を震えさせている。青白い顔を二人は晒し、誰かが止めなければ何れ呼吸すらも忘れて死の恐怖に支配されるだろう。

 待っているのは純粋な死だ。何とか耐えようとするも、胸の内に急速に広まっていく恐れは簡単に止まってはくれない。


『レッド、殺気を抑えろ。 二人が死ぬぞ』


『――――』


 澪からの言葉により、彩斗は無理矢理に殺気を仕舞い込む。

 恐れが抜けていくのを蓮司は感じ、首を触って荒く呼吸を繰り返しながら視線で澪に礼を送る。

 だが、澪自身は彩斗に意識を向けているようだ。最初の時と比較して重苦しくなった空気の中で、何時でも仲裁が行えるよう時折右手を動かしている。

 

『モザン、あまりコイツの過去を蒸し返すな。 少年達は決して過去の出来事とは関係しないし、考えがあってのことでもある』


「考えとは何だい?」


『少し前と異なり、怪獣は人々の前に出てくるようになった。 我々の隠蔽に掛かった努力も虚しく、最早怪獣を秘密裏に処理することは出来ないだろう』


 澪の語る内容にモザンも一先ずは納得を示す。 

 設定上、ヴェルサスは活動を開始した怪獣を発見して誰にも露見されないよう討伐を行っていた。もしも無視出来ない被害が起きた時、彼等は必死になってガス爆発や通り魔事件として隠蔽を施したのだ。

 だからこれまで誰にも知られなかったのかと蓮司も奈々も理解するが、現状ではその隠蔽も使えなくなった。

 今後も怪獣は出てくるだろう。それを隠す手立ては無く、世界中が怪獣出現について真剣に対策を考え始めている。――ならば、今度は隠すのではなく情報を選別して発信すべきだと澪は決めた。


『ならば今度はある程度選別した上で開示すれば良い。 昔とは異なり情報発信は容易なのだからな』


「戦闘に出さないのであれば無能力者でも構わないと?」


『そうだ。 ついでに言えば、この兄妹は我々に対して借りがある』


 恩義を無駄にする人間も居るが、早乙女兄妹にそれは無い。助けられたのだから、今度は彼等の助けとなれるような人間になる。

 少しでも彩斗に近付きたいのが蓮司だ。奈々もこの世界に入ったことで本当の真実と呼ぶものを目の当たりにした。


 平和などこの世界には無い。常に死の危険が付き纏うのが本当で、過去の歴史書に載っている世界大戦のような地獄が本当は今も続いていた筈なのだ。

 それを防いでいるのがヴェルサスで、だから蓮司程ではないにせよ自分も何かが出来るような人間になりたいと思っている。

 人生の夢とまでは今は断言出来ないが、同時に自分の夢を考えると社会のあらゆる仕事が全て浮かばない。


「解ったよ。 なら、リーダーにも話して正式に情報発信者として登録する」


『そうなると、範囲が日本から広がることになるな』


「なら、人員を増やせば良いじゃん。 ついでにニュース形式にすれば皆にも解り易いでしょ」


 とんとん拍子で決まる内容に早乙女兄妹は何とか頭を回して追い付こうとする。

 担当者は今の所二人だけ。ヴェルサスが情報を選んで公開することを良しとすれば、これまでの何倍もの情報が流れ込んでくる。

 ニュースなんて番組の形を取るのであれば、服装や髪型といったルックス面についても少しは気にしなければならないだろう。

 

 生放送であれ、録画したものを流すのであれ、正式に始めるとなれば準備しなければならないことは多い。

 そもそも二人に多数の情報を受け止め、冷静に文面を纏められるか否かが必要だ。それが出来れば良いが、ただの学生にそこまでを期待するのは酷だろう。


「まぁ、決めることは後で決めちゃおっか。 僕の家はそっちでOK?」


『急な話だったからな、致し方ない。 レッドもそれで良いな?』


『はぁ……解ってるさ』


 レッドが溜息を零す珍しい姿を視界に収め、本日の顔合わせは終わった。

 決めることは後で決める。先程までの会話をもっと詰め、その上でチャットで二人に伝えるだろう。

 その決定を蓮司達は断ることは出来る。如何に彼等には借金があるとはいえ、奴隷ではないのだ。

 意見が正しければ彩斗達も案を練り直す。決して無理強いさせる大人ではないのがヴェルサスの創設者だ。だから早乙女兄妹もチャットに舞い込むだろう情報の数々にあまり不安を覚えてはいなかった。


 場は解散となり、二人は彩斗の手で家に帰る。

 母親が夕飯を温め直し、それを食べて各々の自室に入った。布団に潜り込んだ蓮司は頭の中で瑠璃色の女性と、殺意を周囲に放ったレッドを脳裏に浮かばせる。

 気になることが多くあった。驚くべきことが多くあった。――そして、これまでではいけないのだと強く意識させられた。


「変わんなきゃな……」


 呟く言葉は力強く、天井を見つめる眼差しは鋭い。今までよりももっと強く、誰もがヴェルサスのメンバーだと思ってもらえるような人間になる。

 全てを知る権利を持つのは、相応の力を持った人間だけだ。

 その事実を胸に、意識を夢幻の世界へと羽ばたかせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る