ボクッ娘は自由奔放

「ま、最初のお披露目としては十分だろ」


 彩斗の家。

 普段は二人分の椅子が一脚増え、三つの椅子に全員が座っている。

 テーブルの上には普段よりも多めの食事が並び、モザンはそれを笑顔で食べていく。

 他よりも量を多くし、彩斗が御飯一杯で済むところをモザンは三杯も食べていた。

 この点は彼女の個性だ。AIを作るにあたり、可能な限り人間に近付く為に澪が設定したものである。

 大食いで、細かいことを気にせず、服装もスポーティを重視。あまり羞恥心は無く、足を露出しているのもその所為だ。


「あの子達にとってヴェルサス初の顔割れは想像以上だったろうね。 これが君ならあんまり印象は強くなかったかも」


「悪かったな、地味顔で」


「別に貶すつもりは無いって」


 互いに笑いを零しながら箸を進める。

 早乙女兄妹にはメンバーの素顔を見せたことがない。というか最初から素顔も何も無いのだが、一度も見せないのは余計な不審を生む。

 今後、モザンには大事な役割がある。子供達に一番接するのは彼女になっていき、モザンも協力して情報発信力を強めていくのだ。

 その為にニュース番組のような構成を作り、あの子達をキャスターとしてより世間に注目させる。

 

 今は何が起こるか解らない世の中だ。

 多方面に影響を及ぼしておきたいし、彼等の身の安全を更に高める目的で今回の行動は必要である。

 虐め問題から解放されたとはいえ、今度は軍や警察といった更に厄介な面々からも注目されているのが実状だ。手を出されていないのは良いものの、そもそも接触してくる時点で彼等にはストレスだろう。


 仮に就職をしたとして、その時にも荒れるのは間違いない。

 二人がどのような道を進むのかは二人には解らないが、何処に就こうとも騒ぎの一つや二つは起きる。

 社会人ともなれば黒い世界が日常だ。彩斗も社会に出てから苦労を重ね、現実の無情さを嫌という程体験している。


「うーん、生まれたばかりだからまだ身体は上手く動かせないねぇ」


「今日はご苦労様、モザン。 慣れない身体でよく飛んでくれた」


「いやいや、あれが本日の僕の役目だからね。 出来なきゃ今頃データ削除さ」


 自分の首に手を当てて切る仕草をするモザンに、彩斗は慣れないなと内心で僅かな違和感を抱く。

 二人暮らしの空間で突然の三人目。最初から予定されていても、いきなり増えてはやはり異物感が拭えない。この感覚も今だけのもので、何れは慣れ親しむだろう。

 モザンはまるで気にした素振りも無い。基本ベースが澪であり、彼女はあまり周囲について気にするような繊細な性格はしていないのだ。

 この家についても執着は無い。作った物については愛着があるも、今一度完成させられるのであれば誰かに渡る前に破壊して捨てる。


 執着や雰囲気を読むことに長けていないのが澪だ。

 故に何処であろうとも自我を優先し、彼女は他者の影響を受けない。それを基本にされればモザンが周りをあまり気にしないのも当然である。

 三人で何時もより遥かに増した夕食を無事に平らげ、皆が好きなように飲み物を口にしながら呆と息を吐いた。

 彩斗は茶で、澪はコーヒー。モザンはオレンジジュースと実に子供っぽい。


「で、次はどうしてほしいの?」


「これからのモザンの役割は技術者兼情報発信者達の手伝いだ。 レッドからの命令として登下校時の護衛も努めてもらう」


「後、これを少年に渡してくれ」


 テーブルの上に澪は一つの機械を置く。

 モザンはそれを受け取って解析を行い、その性能に目を見開く。本当に蓮司に渡すつもりなのかと目で問いかけ、澪は無言で頷いた。


「渡す際、これを作ったのは君だとしてくれ。 我々は関与せず、君が蓮司に用心の為に渡したという筋書きにしたいんだ」


「どうしてだい?」


「僕等は余計な力は与えないと最初に言ってしまったからね」


 機械の形状は長方形だ。一見すると携帯の液晶画面にも見えるが、裏も表も液晶に覆われたような形状は鏡が如くに反射する。

 横幅は狭く、細長い穴が開いていた。そこに何かを差すのであろうが、その何かを澪は出さない――いいや、出す必要が無いのだ。

 彩斗も澪も蓮司に過剰な力を与えることは避けていた。過剰な力で増長するのは人間であれば当然で、如何に精神が強くとも誘惑は予想外の方向から舞い込む。

 

 ソレに支配され、彼本来の輝きが喪失してはいけない。

 彼は今のままが最高なのだ。強く、真っ直ぐに挑戦しようと奮闘する姿は彩斗も澪も好いているもので、だからこれは一種の保険である。

 モザンに持たせた機械は超能力を疑似的に再現するものだ。細長い穴に炎や風を圧縮して封入したカードを差し込み、機械に最初から搭載されている思考制御で解放された炎や風を操作する。

 

 その際、能力によって蓮司自身が傷付かずに済むよう専用のスーツを機械は出す。

 素材はパーカーに用いている物に近いが、恰好は完全に趣味に極振りだ。例えるならば特撮ヒーロー。戦隊ではなく、某バッタ男系の作品群に出てくる姿に近い。

 

「君は圧倒的な暴力や権力が存在することを知っている設定だ。 超能力者が蠢く世界に足を踏み入れた少年を心配して、それを作ったことにする。 良いかい?」


「OK、解ったよ。 後、このままだとちょっと携帯性に難があるから弄るね」


 長方形の機械――澪曰くFake monster changeと名付けられた物体に固定用の帯は無い。カバーも無く、そのままでは落しただけで割れかねない見た目だ。

 勿論簡単には割れないように作られてはいるが、いざという場面で忘れたということが無いように何かしらの方法で固定用の帯を作っておくべきである。

 それをモザンが担当すると告げ、二人は了承した。澪が彼女に与えた力であればそれも造作も無いと解っているからである。

 

 早速明日に渡そう。そう決め、されどモザンは一つの疑問を口にした。


「そういえば、あの妹ちゃんには何か渡さないの?」


 早乙女・蓮司の妹こと奈々。彼に保険を渡すのであれば、その妹にも何かを渡すのは自然だ。

 蓮司のみを贔屓すれば奈々は不服に感じるだろう。どうして自分だけと感じ、それが不和に繋がれば目も当てられない事態になる。

 二人もそれは承知済みだ。兄妹で明確な差が出来ることがどのような参事に繋がるかなど、既に体験している。


「勿論あの子用にも作るよ。 でもあの子には少年程の気概が無い。 今は恩を返そうと考えているだけで、それ以上を求めてないんだ」


 つまり、奈々が蓮司程の気概を持てば渡すことも吝かではないことになる。

 澪の力とは簡単に渡してはいけない代物だ。ただの素人が世界最大の犯罪者にもなれる兵器を前に、良からぬ事を考えない筈も無い。

 使いこなすには覚悟が必要だ。ただし、この場合の覚悟とは悪に使わず正義に使うことである。

 そこに当て嵌めれば彩斗も製作者である澪本人も落第であるが、本人達は棚上げしていた。都合の悪い部分はシャットアウトである。

 

「うーん、何か問題が起きそうな気配」


「ま、問題が起きるだろうね。 寧ろ起きることを期待しているんだ――だってそうしないと力の規模を理解出来ないだろう?」


「うわー、悪い顔。 悪役だねぇ」


 軽い調子でモザンは呟き、澪は口の端をつり上げて凶悪な笑みを作り上げる。

 その様を見ている彩斗は思う。髪の色も目の色も異なるが、間違いなくこの二人は親子であると。

 終いには腕を組んで妖しい笑い声を漏らし始める姿を見て、この場の唯一の男は頬を引き攣らせることしか出来なかった。正に外道極まれりである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る