やっぱり起きたよ注目が
「や、おはようさん」
「モ、モザンさん!?」
早朝の登校時刻。
学生が学校に向かう時間に、常識外れのチャイムが鳴った。蓮司の両親達はこの時間に誰だと眉を顰め、蓮司自身も忙しい時間にと思いながら扉を開けたら当人が居たのである。
驚くのも無理はない。想像外の時間に来たのもそうだが、まさか何の偽装も施さずに昨日の姿のまま彼女は来たのだ。
何時もの瑠璃色の髪を揺らしてモザンは明るく挨拶をし、蓮司の驚きの声を聞いた奈々も玄関に向かって驚いている。
そのまま家の中に案内され、父親はヴェルサスのパーカーを見て顰めていた眉を怪訝なものに変えた。母親は母親で朝食の途中ではあるが手を止め、兄妹と同様に素直な驚愕を表情に張り付けている。
「突然の訪問、誠に申し訳ございません」
両親の前に出たモザンは、先ずは謝罪として頭を下げる。
こんな時間だ。特殊な事情が無ければ追い返されるのは勿論、そうでなくとも気分の良いものでもない。
それはヴェルサス側も把握している筈だが、彼女は此処に現れた。つまり、早朝に来なければならない事情があるということだ。
早乙女兄妹関連であるのは間違いない。家族が全員家に居る時間を狙うのならば早朝の時間は一番手っ取り早いだろう。
「……何かご用件があるのでしょう。 蓮司が何かしましたか?」
「いえ、レッドさん達からの命令でして。 私がこれから御二人の登下校の護衛になることが決定されました。 ヴェルサスは本来秘密組織ですので」
「成程……寝返りの阻止ですかな?」
「その面が無いとは言いません。 我々の内部事情は出来る限り漏洩させたくありませんから」
普段とは異なる言葉遣いではあるが、内容そのものは酷く真っ当だ。
最初に護衛の話を聞いて蓮司も奈々も驚愕を深めたものの、同時に納得もした。ただでさえ注目の多い現在の状況で更にヴェルサスが活躍した時、軍も警察も関係無い組織が拉致に動かないとも限らない。
いや、本来ならばもう起きても不思議ではないのだ。ヴェルサスへの重要性が非常に高いからこそ、ただの学校にも話を通して現在警察組織が警備している。
お蔭で周囲の犯罪率はほぼ零だ。学校傍で生活している一般人も警察には感謝を送っている。
「ですが、その恰好では注目を集めてしまうのでは?」
「そうなんですけれど、一応は仕事ですので。 私服を着て会社には行かないでしょう?」
「確かに」
注目を集めてはいけない。かといってこれはヴェルサス本部からの正式な仕事だ。
パーカーは戦闘服としての側面を持っているが、本部からは制服として認識されている。その為、仕事となればパーカーの着用は絶対。勿論嘘である。
用件を話し、父親も母親も納得した。阻害が目的ではなく我が子を守るつもりなら、特に文句を言うつもりはない。そもそもからして、彼等に文句を言える権利は有していない。
本当ならば全て何も言わずに決定事項を出せば良かったのだ。それをしないあたり、ヴェルサスは借金持ちとは言っても温情を与えているのだろう。
彼等の組織は決して冷淡ではない。しかし、温情を貰うには凡人ではない部分を見せる必要がある。
自分の息子に視線を移し、その意味を強く理解した。
妹を助ける為とはいえ、問答無用の畏怖を叩き付けてくる相手に真向から喧嘩を売れる人間はあまりいない。
息子は特別な人間だ。自分よりも、他の者よりも。
「父さん、そろそろ時間だから……」
「ああ、もうそんな時間か。 では、早速よろしくお願いします」
「解りました。 それではこれからもよろしくお願いします」
互いに握手を交わし、父親は仕事へ向かう。兄妹も既に制服に着替えているので学生鞄を片手にモザンと一緒に家を出た。
普段とは違う一人が増えた登校風景は新鮮で、身が引き締まる思いだ。護衛として傍に居るモザンは喋る気配も無く、空を眺めて笑みを浮かべるのみ。基本的に向こうから何かを話すつもりはないと思わせ、だからこそ最初に口火を切ったのは奈々だった。
「あの、私達の学校は別々ですけど他に来ているんですか?」
「ん? いや、護衛は私だけだよ。 基本的に一緒に学校に向かうのは奈々ちゃんだけさ。 共通ルートは二人一緒に護衛するけどね」
「やっぱり奈々の方が危ないと?」
「性別による体格差はやっぱりね。 その点、蓮司君は心身共に強靭だ。 あのレッドに勝負を挑むのは正気じゃないね」
どっちに比重を置くかと言われれば、より重要視されるのは奈々だ。
これはどちらが強いかを加味した結果である。肉体面でも精神面でも蓮司の方が強く、故に奈々の方を守るべきだと判断した。勿論蓮司の方を蔑ろにする訳ではないが、一人である以上は限界がある。
一緒の学校であれば護衛も楽だったのにねとモザンは苦笑し、それは確かにと二人も素直に首肯する。
震災が過ぎた後なので今や学校は日常的なものだ。量産化された家々の数は既に数えるのも馬鹿らしく、何かがあったと思わせる程度の痕跡しかない。
技術の発展。そこに寄与しているのはヴェルサスだ。
全ては高速で痕跡を隠す為だったが、今や隠す道理が無い。ならばその技術を世界に示す方が有用だ。今も渡す技術については細心の注意が払われているが、必要となれば自衛隊に提供することもあるだろう。
どう使うかは自衛隊次第。情報発信者として、二人は他の人間よりも早い段階でソレを知ることとなる。
「うーん、やっぱり見られてるなぁ」
三人で動いていると人目を多く惹き付ける。
特にモザンに向けられる視線は多い。彩斗が普段から使っているパーカーを纏っているから当然だが、静かな騒ぎが早朝から起き始めていた。
我関せずを貫いているのは忙しい会社員くらいなものだ。男子学生はモザンの美貌に見惚れ、女子学生は携帯を掲げて無遠慮に写真を撮っている。
撮った写真はSNSに投稿されるのだろう。注意をしようと蓮司は女子学生の元に向かおうとするが、その肩をモザンが掴んだ。
「怒らない怒らない。 注目を受けるってのはこういうことさ。 最初の時の君達も一緒だったろう?」
「ですが、自分達と貴方は違います」
「一緒だよ、本部も認めた正式なヴェルサスメンバーさ。 この場合は寧ろ堂々としていれば良い」
「堂々と、ですか?」
「そ、堂々と」
胸を張って前を歩くモザンの姿は自信に満ち溢れている。
己に不足する部分は何一つとしてない。いくらでも見るが良いさ、所詮は見ることしか出来ないのだから。
素顔を隠さずにヴェルサスのメンバーとして護衛を務める様は正にハリウッドのスターのようだ。誰も彼もが彼女から視線を切れず、その姿が消えるまで呼吸すら出来ない人間が続出した。
美しい姿で、特別な己を誇り、誰に否を突き付けることも許さない。
文句があるなら来れば良いさ。他の有名人のように殴られるだけでは済まさないが。
「…………」
「す、凄いね」
歩くだけで無数の注目を受ける。
そんなことが許されるのは特別な人間だけ。そして彼女は、間違いなく特別な人間だ。
尊敬の念が湧く。羨望を隠せない。自分もあんな風になりたい。
胸から湧き出る本音は実に常識的で、人であれば当然のものだ。蓮司は変わりたい気持ちをますます募らせ、奈々は同性として彼女を生涯の見本に見立てた。
二人の気持ちの変化をモザンは気付かない。自身が彼等の成長の一助になっているとも思わず、周りの注目を引き受けながら学校を目指した。
「――今日は運が良いな」
注目の中、一人の男が呟く。煙草を燻らせ、その口元は優し気に歪んでいた。
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