早乙女・蓮司育成計画

「完成はしていないけどある程度の稼働は出来たね」


 白いパーカーを脱ぎ、澪は自身が今後も着ることになるそれを眺める。

 彩斗との話し合いや澪自身の選択によってパーカーに追加された能力は氷になった。未だセンサー類の調整や稼働時間の増強など問題は残されているが、それは後からでも変えることは出来る。

 取り敢えず今は早乙女と話をする程度の時間があれば良かった。Type2の実戦投入は当分は先の事であり、まだまだ彩斗だけに戦ってもらうつもりだ。

 肌に張り付くようなインナースーツを脱ぎ、元の普段着に戻す。灰色の髪を揺らしながら二階から一階のリビングに向かうと、先のやり取りを澪の視界カメラからタブレット越しに見ていた彩斗が居る。

 彼女に向かって呆れたような眼差しを送る理由は――互いの内心を覚ることが出来る関係上澪には解っていた。

 

「大丈夫だよ、別に仲間に引き入れるつもりはないさ」


 椅子に座り、彩斗に己の考えを伝える。 

 澪本人に仲間を増やす意図は無い。最初から最後まで真実を知るのは二人だけ。他の人間が知って秘密を漏らすような真似を阻止したい澪からすれば、仲間を増やすのは禁忌だ。

 彩斗もそれは解っている。だからこそ、溜息を零して言葉を漏らす。


「仲間云々は解ってるつもりだ。 ……それで、あの薬を渡した訳は?」


「ちょっと疑ってたクセに。 ――はいはい、そんな睨まないの」


 彩斗の睨みに澪は笑って謝罪する。

 確かに、この接触は幾分か物語の流れからは外れる行為だ。それ故の不安を抱えるのは別に不自然ではない。澪自身も己の行いが物語の流れから外れていることは解っているのだから、説明は必要だろう。

 とはいえ、大きな理由は澪には無いのだ。このお話を始める目的と一緒で、基本的には自己満足以上の意味は無い。

 全てを知る彩斗と、全てを知らない早乙女。二人の主人公があらゆる出来事を体験した時、その瞬間に胸に抱くものはなんなのか。

 それを知りたくて、敢えて彼女は厳しい方法を取った。

 言ってしまえばその程度。先に彼女が彩斗に語った通りに早乙女・蓮司を巻き込みたかっただけである。本人が知れば噴飯ものだが、知られなければ恨まれることはない。

 

 薬の効能そのものは真実だ。

 サポートアイテムを作成していた際に彩斗の筋力を一時的にでも増やす手として用意したものであるが、本人が拒否したことで実質お蔵入りとされた物である。

 誰だって激痛は嫌だ。結果が明確に出るとはいえ、三十分で一日は割には合わない。

 それなら自分で鍛えていた方がずっと良いだろう。インナースーツの機能とて、現状の限りでは不足はない。だから余ったこれを使い、早乙女を鍛えることを選んだのである。

 力を振るうには相応の資格が必要だ。今の二人にそれが足りているかは果たして疑問だが、二人がルールである以上は適応範囲内である。――ルールは作った、以上。

 

「という訳で、まぁどれだけいけるかは解らないけど鍛えてみようかなと」


「それで本来の筋書きに支障があったらどうする?」


「そうなればそうなればで、残念ながら退場させるまでさ。 余計な介入を起こさせる訳にはいかないからね」


 筋書きは絶対だ。過度に関わってくるのであれば、力の全てを没収するまでである。

 元より異常現象の全ては澪の用意したもの。早乙女にあげる物も総じて澪の物であり、確りと筋道を立てた上であれば彼も納得するだろうと考えている。

 最近の若者の中では珍しい意欲のある人間だ。悪人ではなく、善人に類するのも澪にとって都合が良い。

 良い人間程悪人の思考を嫌悪するものだ。特に彼にとっては一度助けられた者の仲間である。己の悪果が当人にまで伝わるのは避けておきたいだろう。

 澪は自信満々に答え、そうなった彼女を止める術を彩斗は持っていない。

 ならば、操縦するのが彼の役割。暴走しがちな彼女の為にブレーキを踏んであげないと、何処までも澪は自分の好きなように爆走していく。意外に彼女は弁えているようで、実際は一度興味関心が強くなると中々止まれないのである。


「ま、程々にな。 無茶をさせて学業に影響を与えるようなら俺が止めるぞ」


「なに、どう使うかは彼次第だ。 舞台を幾つか作るつもりではあるけど、それ以外について僕は認知しない」


「おいおい、じゃあ虐められている時にそれを使ったら……」


「――そうなったら資格無しとするだけさ。 力の使い方を解ってない奴に手を伸ばすつもりはないからね」


 一ヶ月の間に強化薬五本を使うかどうか。

 彼女は早乙女にそれだけを告げたが、馬鹿な目的で使うようなら例え使い切らなくとも資格無しとする。澪が欲しいのは生命の危機に瀕する際に本領を発揮することで、常日頃から発揮してほしい訳ではない。

 加害者をその薬で殴り飛ばせば相手は死ぬだろう。超人的な動きで人々の注目を集めれば、一体どうやったのかと世界中から注目の的にされるだろう。

 自尊心は満たせる。優越感に浸ることも出来る。しかし、それだけだ。

 一瞬の快楽の為に全てを捨て、残りの人生を彼は悲惨な状態で生きる。そしてそれを澪は助けるつもりがないし、彩斗も助けることはない。

 

 力の使い方を間違えないこと。

 これが澪が早乙女に求めることであり、彼自身が今後二人と関わっていく上で必要不可欠なことだ。理性の働かぬ人間に任せるには、澪の力はあまりにも莫大に過ぎる。

 さて、そうとなれば次の展開に必要な怪獣を用意しなければならない。彩斗の持っているタブレットを奪い、幾つかの操作を行い机の上に置く。

 表示されている画面には次の怪獣の3Dデータが映り、その姿は巨大な亀だ。

 島規模のサイズを誇る亀は今回も海中で生成され、完成直後から日本を目指す。出現域は定めてはいないものの、素材となるものは決まっていた。


「次の怪獣は小型火山を積んだ亀だよ。 マグマックスとでも名付けようか」


「おい、それってゲームの――」


「――野暮な詮索だぜ?」


 由来につっこもうとする彩斗の言葉を遮る。

 明らかに現在流行しているゲーム内のキャラ名をモチーフに使っているのだが、言わなければ誰も気付かない。この呼称を使うのも二人くらいなもので、自衛隊も一般市民も別の名称を使っている。

 例としてシデンは世間一般で不明体と呼ばれているのだ。これでマグマックスも不明体と呼ばれるようになれば、一号や二号と後に付くだろう。

 閑話休題。

 マグマックスに搭載される兵装はその全てがマグマに由来する。

 背中に火山を模した甲羅を背負い、肩から上下に動く砲門を搭載。なるべく自然となるべく、砲門の形も生物的にデザインされていた。

 四つん這いで動く足はどれも太い。象を想像させる円柱形の足の先には分厚い一本爪がそれぞれ付けられ、土や岩を掘削する際にはこれ以上ない程に役に立つ。

 

 頭部はやはり亀に近いが、口内には牙が並んでいる。黄色の牙はあらゆる物を砕き、容易く飲み込まれてしまうだろう。

 肉食の亀は世界にも居る。それに属するのが今回のマグマックスだ。海で活動する支配者として十分な性能を有しているが、この亀も一回の戦いで使い切ってしまう。

 噴火やマグマの射出と脅威的だ。赤黒い肌の色と合わさり、威圧感も問題は無い。

 強いて問題があるとすれば速度くらいなもの。海底火山に種を投げ込むが故に、日本に到達するまでにはどうしても時間が掛かる。

 生成時間もシデンより長い一週間半だ。火山活動を疑似的に再現するのも難しく、修復が遅い。

 よって、火山としての機能を保護する目的で甲羅の硬度もシデンの域を超えている。突破しようとするならば、幾ら彩斗でも殴る蹴るだけでは解決しない。


「第二話! 動く要塞!! 皆様お楽しみに!」


「誰に言ってるんだ誰に」


「いや、一回言ってみたくてね」


 元気満々に宣言する澪に彩斗は静かにツッコみながら頭を小突いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る