二次元時代の到来

 衝突した拳と拳の勝敗は彩斗側の勝利だった。

 二つの間で発生した衝撃波で海が揺れ、シデンの右腕部が肩から引き千切れる。宙を舞った腕はそのまま海中に沈み、シデンの足元に転がった。

 合わせ、シデン自身もバランスを崩して背中が海面に叩き付けられる。

 その衝撃で巨大な津波が発生するも、パーカー男は自分の周りに炎を展開して接触箇所のみを蒸発させた。既に犬吠埼の岸壁は削れ、市街地にまで水が流れ込んでいる。

 建物は崩れ、市街地に一時的な川が生まれていた。自衛隊も避難をしてはいるものの、居た場所が居た場所だ。命だけは守れても、兵器群は軒並み流されて使い物にならなくなっている。

 残っているのは一部の戦車に戦闘機。それだけの戦力では目の前の怪獣も、それを容易く吹き飛ばしてみせたパーカー人間を倒すことも不可能である。

 

 つまりは一対一の構図がこれで完成したのだ。

 炎を両腕に纏いながら立ち上がるのを待ち、シデンは周辺にある素材を使って間に合わせの腕を作り上げる。その腕では同じことが起きるだけだ。

 単純な格闘になれば彩斗側に軍配が上がり、それはシデンを操る澪も理解している。

 ――ならばどうするか。答えは単純明快、格闘に頼らぬ攻撃をするのみ。電力を消費して口から光線を碌に溜めずに拡散して放つ。

 一発一発が細いレーザーになった光線は急角度を付けながらランダムに動き、数秒の後に彩斗に着弾するルートを辿る。

 その悉くをマスクの警戒情報から知った彩斗は、補正頼りにレーザー攻撃を身を捻って避けた。精密な炎操作が必要となるが、彩斗は常日頃から炎の操作を行っている。

 最初は意識せねば出来なかった操作も今では無意識で加減も出来ていた。そこには澪の調整もあるが、やはり彼自身の努力の方が大きい。

 

 紙一重で何十の攻撃を避けに避け、外れた攻撃は空に溶ける。

 その間にもシデンは前に歩き出し、避け切った直後の無防備な彩斗の身体に左腕を叩き付けた。

 順当であればそのまま彼の身体は岸壁に叩き付けられるが、足裏の炎を吹かすことで真向から左腕を受け止める。寧ろ逆に岩石部分に拳を捻じ込み、強引に左腕ごと身体を持ち上げた。

 足をばたつかせるシデンの姿は少々愛嬌があるが、見ている側からすれば信じられないものだ。

 人間大のサイズしかない存在が怪獣という超大質量を持ち上げている。如何な科学者でも目玉を飛び出しかねない光景の数々に、最早誰もが錯覚を見ているようにしか思えなかった。

 両腕に力を込め、彩斗は全力でシデンを日本から離すように投げる。

 筋力強化があれど非常に負担の重い行為だ。当然彩斗自身の息を荒くなりはするも、今はそれを凌駕する狂喜が全身を支配している。

 

『戦っている! 俺は今、戦ってるんだ!!』


『そうだね! 君の感情がこっちにまで流れ込んでくるよ!!』


 嬉しい、喜ばしい。拍手喝采を送らせてくれ、全身全霊でお前を讃えさせてくれ。

 今――最上・彩斗は生きている。産声と呼ぶべきものが今この瞬間に上がっている。厳重に閉められた蓋が開き、最上・彩斗の奥底の願望が剥き出しの状態で表出していた。

 手加減などするものか。そう思う彩斗の意思に、澪もまた同調してシデンに指示を下す。

 シデンのスペックは日本を陥落させるには十分だ。しかし、彩斗を満足させるにはあまりにも不足している。その不足した状態では彼を一時的にしか満足させられないだろう。

 それでも良い。時間はあるのだ。長く長く続ければ、それだけ彼も長く楽しむことが出来る。それによって生じる被害諸々を、澪はまったく考慮しない。


『どんどんいくよ!』


『来ォい!』


 チャージした光線を地面に発射。その勢いで立ち上がり、尻尾を振るう。

 長い尻尾は遠くとも近くとも当たれば必殺。容易く命を吹き飛ばすものが横凪ぎに迫り、その一撃を上方に動くことで回避。しかしその瞬間を狙っていた澪は振りながら僅かにチャージさせた光線を背後から再度拡散させる。 

 逃げ場を奪うような攻撃の数々に炎で保護した腕で弾くも、消された先から次が口から出る。更には左腕を海に沈め、海底の砂や砂利を掬い上げて投げた。

 人間サイズであれば問題の無い砂や砂利でも、怪獣サイズとなれば土砂崩れに巻き込まれるようなものだ。

 全方向から光線が迫り、追加で土砂崩れ。並の人間であれば生き残れないような状況で、絶望すべき筈の彼の顔は喜色に塗れている。


「凄い」


 思わず小学生めいた感想が口から零れる。

 災害がそこにあった。現実の災害ではなく、漫画やアニメでしか出てこないような強大な災害が。AMSを着ていなければ確実に死ぬ殺意がそこにあって、間違いなく己は今主役として前線に立っている。

 震えるなという方が無理だ。もう何度目かも解らぬ感嘆の吐息を零し、真向から悲劇的結末を起こすだろう攻撃を迎え撃つ。

 勝てるかどうかなどそこにはなかった。勝てると解っている事実など関係無く、彼はただそれを乗り越えたいと純粋に願っただけだ。

 纏う焔の出力を上げていく。三割だった勢いを五割まで高め、爆発的に火力が増加する。

 最早人体が許容出来る範囲を逸脱して、業火の塊となった彩斗は突撃。襲い掛かる岩々を避け、破壊し、あるいは弾き、時折不意打ちのように撃ち込まれる光線を殴って曲げる。

 背筋に流れる冷えた感触すらも楽しみ、突破した先に居る怪獣の懐に飛び込む。


『これで俺の勝ちだ!』


『かー、今回は駄目だったか!! 次に期待だね』


 遊びの終わりを二人して喝采しつつ、核のある部分に手を添えた。

 風を調整して火を収束し、纏う炎も右手に集める。一瞬で莫大な熱量を持つ四角形が生み出され、最後に抑え付けた風を一方向だけ解除した。

 箱の中に押し込まれた炎は解放された場所から一斉に外に出ようとする。その原理に合わせて溜め込んだ炎の奔流が岩石も金属も溶かし、歪な四角形を作りながら核も飲み込んで貫通した。

 摂氏3000℃の熱を前に、シデンは成す術無く命を喪失する。核を失った身体からは力が抜け、前のめりに倒れ込む。

 潰される前に上空に脱出した彩斗は倒れたシデンに胸の中で感謝を送り、自身も海の底へと潜る。自衛隊達がシデンを警戒している間に脱出したいのだ。

 まだ現段階であれば追跡されることはない。海底で南側に泳いで進み、人気の無い陸に上がってからマスクを外した。

 途端にAMSは粒子に姿を変え、普段着になる。

 ジーパンに白いポロシャツを着た姿は至って一般人めいていて、ここから街中に出ても違和感は無い。


「おお、設定通りになった。 携帯も普段使いのと一緒だ。 どうなってんだこれ」


 彼が戦闘から離れる時、そのまま家に戻っては簡単に拠点が露見される。

 そのまま持ち主情報から家宅捜索を行われ、澪の作業場が発見されかねない。そう簡単には見つからない処置を彼女は取っているが、それでも家が見つからないに越したことはない。故にマスクに設定された通りの姿に擬態させる機能を追加させた。

 服部分は衣服に。電子部品は携帯に。

 連絡を取れるようにと別けたことで、彼が携帯を持った瞬間に着信が舞い込んだ。


『どう?』


「大丈夫だ、変な部分はない。 ……擬態していられるのは四時間だっけか」


『AMSのエネルギーをそのまま使っているからね。 本来とは違うことをさせているから消費が多いんだ』


「OK。 じゃあそのまま帰るとするよ」


『早く帰っておいで。 その間に私は何か作っておくからさ。 お腹空いてるでしょ?』


「ああ、もう空腹で腹が痛い」


 現在位置を調べ、そこから目的地に到着するまでを逆算しながら歩く。

 第一話は無事に終わった。初の戦いに彼の胸は満たされ、これまでの日々が如何に腐っていたものかを感じさせた。この快感からは逃れることは出来ず、そもそも逃れようとも思わない。

 今この瞬間、彼の頭の中にあるのは明るい未来だけだった。

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