他者との繋がりは危険を伴う

 一日が経過した頃、澪が作成した動画の再生数はおよそ十万にまで上った。

 評価率は低評価の方が多く、批判的コメントが過半を占めている。肯定的な言葉も無いまま事態は加速しているが、二人はその一切を気にせずに集合場所へと赴いた。

 二人が指定した場所は避難所に指定されている倉田高校。

 敢えてその地を指定した事実に澪の作為を感じるも、彩斗自身は特に何も言うつもりはなかった。より多くの人間にあの動画が真実であると伝える為には、人目に晒されるのが一番である。

 出陣するのは彩斗と澪。透明化を用いて二人は空を飛び、眼下に集まる人の群れを視界に収める。

 

『午前七時。 集合時間まで後二時間だが、集まるには集まるもんだな』


『殆ど野次馬だけどね。 一応様子を見に来た自衛隊の人間が居るけど、十割方信じてはいないだろうさ』


 人、人、人、人。

 グラウンドには大小様々な人間が蟻の群れが如くに集まり、二時間後を楽しみにしている。避難所に直接迷惑を掛けない為にグラウンドを指定したが、未だ増加の一途を辿る人間の塊を見ると正解だったと澪は胸を撫で下ろした。

 開店前の人気店に並ぶ感覚か、大体の人間は立ったまま携帯を操作しているか家族や友人と雑談している。そこに深刻気な顔は無く、如何にも観光気分が見えていた。

 あわよくば超能力者と出会い、お近づきになりたい。そんな欲望が透けて見え、人の醜さに彩斗は嫌悪を覚える。

 設計図を渡そうとしたのはこの潰れてばかりの家々を少しでも早く元に戻したいからだ。そして自分達を満たす為だけの演劇を再開したいからだ。

 

 如何に人の目が必要であるとはいえ、設計図を求めていない人間が集まっては本来必要な者の手に届かなくなる。

 澪がその人物を見逃すとは彩斗自身思ってはいないが、何事にも例外はあるものだ。この群衆の中で悪手を求める輩が出れば、流石に苦言を言わねばならないだろう。それで二人が非難されるとしてもだ。

 一時間が経過し、人の波の中に明らかに浮いた存在が混ざり始める。

 首に巻いたネクタイを緩める仕草をする男は明らかに急いでいるようで、更に周辺には軍用のヘリや武装した自衛隊員の姿。戦闘を主眼とした装備品の数々を眺め、二人はおやと素直な感想を口にする。

 

『いや、まぁ、良い意味でも悪い意味でもあの動画サイトは有名だからな。 政治家が見ていても不思議じゃない。 自衛隊側はこんな時に変な騒ぎをする連中を取り締まろうと来たのか?』


『どうだろうね。 珍しいけど、動いてくれたのなら好都合だ』


 二時間を迎え、人々は期待の籠った眼差しをそこかしこに向ける。

 超能力者が空を飛んでいる事実は最初の登場時点で知られている。あらゆる場所に人の目がある現状は、透明化を解除するのに適さないだろう。

 互いに顔を向け合い、頷く。

 彩斗は炎を、澪は氷を。二人は各々のスーツに搭載されている機能を用いて能力を発生させ、球形に整える。

 その球形は遠目からでも目立つもので、一人が大声を出して空を指差せば全員が二人の居る方向に顔を動かす。澪は休憩の氷に僅かな穴を作ってその様子を眺めつつ、ゆっくりと着地を開始した。


 やろうと思えば真っ逆さまに落ちて着地する方法もあるが、彩斗の纏う炎では簡単に人を焼死させてしまう。

 パフォーマンスをするつもりもない以上、ゆっくりと降りて安全性をアピールした方が良い。――マスクとパーカーで全身を隠しているような二人組が信用されるとは思えないが。

 陸に着地すると同時、透明化を解いて能力を切る。自然と退いて行った人の群れの中で着地した彩斗は周囲の人間を眺めつつ、最初の台詞を口にした。


『予定時刻だ。 設計図を渡しに来た』


 彩斗の言葉に、しかし直ぐに誰かが反応することはない。

 まさか本当に来るとは思っていなかったのだろう。隣の人物と静かに言葉を話し合い――――次の瞬間にはカメラのフラッシュが一回瞬いた。

 それを行ったのは、制服を纏ったこの学校の生徒だった。更に言えば、その生徒の名前は岩倉と言う。

 偶然最前列に居た彼は真っ先に撮影を行おうと音が鳴るのも構わず携帯のスイッチを押し、喜々としながら自身のSNSに投稿しようと指を滑らせる。

 空気の読めない行動。あまりにも失礼な行い。

 そのような行いをする人物に注意が飛ぶのが当然で――誰かが件の生徒に怒声を吐く前に携帯は取り上げられた。


「は?」


 取り上げたのは彩斗だ。

 一瞬で距離を詰め、力任せに携帯を奪い取った。突然の出来事に岩倉は一瞬だけ呆けた顔をするも、直ぐに奪い返す為にその手を彩斗の腕に伸ばす。

 しかし、それは悪手だ。即座に謝罪すれば良かったものの、岩倉本人は自分の欲を優先した。

 その報いは当然受けるべきもので、彩斗は軽い力で腹を膝蹴りする。どれだけ加減をしたとしてもAMSの手加減だ。岩倉の身体は宙に浮き、そのまま群衆の最も外側の位置まで吹き飛ばされてしまった。

 地面に叩き付けられた身体は碌に受け身も取れずに衝撃を与えるばかり。腹を中心に広がる激痛は無視出来ないもので、彼は目を見開きながら激痛の中心を抑えて蹲る。


 圧倒的な筋力、炎を纏っていた先程の現象。

 人々は二人が本物の能力者であることを理解する。そしてその姿を視界に収めた隊員達は武器を持って突撃を行う。

 人の波を強引に掻き分けて十数人の隊員が二人を包囲し、銃口を向けて警戒を露にする。ヘリの上からは狙撃手が待機状態だ。何時でも射抜けるように構えているが、二人に恐怖は微塵も無い。


『俺の言葉が聞こえていなかったか。 動画でも説明した通り、この街を再建するのに必要な機材の設計図を渡しに来た。 そこの自衛隊員、さっさと受け取って作らせろ』


 彩斗が懐から取り出したのは一枚のメモリーカードだ。

 コンビニで売られているような何の特殊な加工もされていない平凡な8GBの記録媒体で、プラスチックの専用ケースに今は収められている。

 だがそれを見せても、誰も声を発しはしない。

 あまりにも会話が成立しない現状に内心彩斗は溜息を吐いた。これではまったく進まないと。

 強引に事を進めることは出来る。先程の岩倉と一緒で一息で自衛隊員の懐に潜り込み、適当なポケットに記録媒体を捻じ込めば良い。

 しかし、彼等は国を防衛する為に日夜鍛えられている兵士。岩倉であれば反応出来ないような動きでも、彼等であれば一瞬の動きを認識出来てしまう。例えそれが攻撃でないとしても、彼等は勝手に勘違いして引き金を押すだろう。


 戦いは本意ではない。されど、それを示すには二人には方法が無い。

 何をしても怪しまれるのであれば、どのような振舞いも変に勘繰られる。此方は用事を済ませたいだけだと何度言っても目の前の隊員達は納得してはくれないだろう。

 さてどうするか。そう考える彩斗達の耳に荒い息遣いが入る。

 人の波を掻き分けて現れた姿は二人にとって見知ったもので、乱れた制服そのままに彼は自衛隊を無視して前に出た。

 

「はぁ……はぁ……お久し、振りです」


 早乙女・蓮司。

 目下澪が注目している男は泣きそうな顔を隠しもせずに二人の前で膝を地に付けていた。その姿からは悲壮感が漂い、何か良からぬ事が起きたのだと想起させられる。

 久し振りという発言によってにわかに人々が騒ぎ始めるが、早乙女自身にそれを気にしている素振りは無かった。

 彩斗を見る早乙女の瞳には懇願がある。澪の話の中では出てこない、およそ彼女が好まないような眼差しを送っているのだ。


「助けてください……。 妹が、奈々が、死にそうなんです……ッ!」


 喉から絞り出すように出て来た言葉に彩斗の呼吸が一瞬止まる。澪も目を細め、新たな事態に思考を回転させ始めた。

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