一ヶ月目の現状
一ヶ月の間、二人は何の活動も行わなかった。
精々がAMSのメンテナンスをしているだけで、それ以外は何も変わらぬ日常を過ごしている。しかし、世界中はそんな二人とは真逆の様相を露にしていた。
連日放送される怪獣騒動に関する報道。SNSで常に上位に残り続ける怪獣と超能力者のトレンド。世界に退屈を覚えていた者達からすれば、今回の事態は正しく恰好の餌である。
政府から報道陣に伝えられた情報曰く、怪獣は突然現れた未知の巨大生物。その組成、由来の全てが不明であり、身体を構成する六割が岩石だ。四割は鉄や金といった金属成分を有し、戦闘時に発見された肉の分は調査段階で全て跡を残すのみとなった。
現状は不明な箇所の方が多く、怪獣については追加の調査を続行する意向である。そして怪獣を撃破した謎の人型物体については怪獣以上に正体が判明していなかった。
芸能人と専門家を交えたニュースでは芸能人側が浪漫を口にし、その浪漫に対して専門家達が悉く否定している。
現実で形となっているとはいえ、見た目はパーカーで身を包んでいるだけの人物だ。特殊な機器は散見されず、技術者や科学者であればある程に一体どうやってそれが成立しているのかが解らないと首を傾げる。
SNSではオカルト界隈が特に賑やかだ。歴史上で眉唾物とされていた超能力者がついに現れたのだと喜びを露にし、人間には元々超能力を使える素地があると訴えた。
当然、その意見は与太話だ。本気にする人間の方が少なく、殆どはあの超能力者が何者なにかについて議論を巡らせていた。中には動画サイトで自身の考察を投稿する者も多く存在し、一躍世界中にまでこの騒動は広まっている。
「急上昇ランキングの殆どがあの戦いを撮影した動画ばかりだ。 僕等が間近の動画を投稿したらどれくらい再生数を稼げるかな?」
「怪しまれるのを無視すれば二百万再生は固いんじゃないか? 現状でもトップは百万再生だからな」
有識者達の議論が流れるテレビを見つつ、澪は思ったことをそのまま口に出す。
この活動は誰にも露見してはならない。それを無視して動画を投稿しても一時的に莫大な再生数を稼げるだけだ。維持出来れば収入源の一つに出来るが、その前に無数の質問で手が回せなくなる。
余計な行動はすべきではない。それに、彩斗の場合は家族に少々の問題がある。あそこの面々に正体が判明されれば、利用されるのは目に見えていた。
「それにしてもこの通知を見てくれ。 四時間間隔でチャットが飛んでくるんだ」
自身の携帯を反転させ、チャット画面を澪に向ける。
そこにはきっかり四時間毎に安否確認をする百合の文面があった。何度も何度も送られ続ける同じ文面には溜息しか零れず、一度彼なりに注意をしたものの変化はない。
百合は決して性格が悪い子ではないのを彩斗は知っている。今回の騒ぎで家族の身を案じ、逐一何も起きていないかを知りたくて仕様がないのだ。これが父親や母親であれば感動してチャットを返しただろうが、彩斗にとっては苦痛でしかない。
注意をして以降は安否確認が来ても既読を付けるだけで何も返していなかった。こうすれば何時か黙るだろうと彩斗は思っているが、現実は何も変わらないままだ。
いっそチャットアプリをアンインストールでもしようか。
そう思うも、それで本人が此方の住居を探し始めれば最悪だ。未だ新しい家の位置を知らせてはいないので、彼女は退去したアパートに訪れてしまう。
「あの女か。 ま、無視だよ無視。 どうせあの女は慈善活動の旗頭になっているだろうさ」
「例のボランティアか」
澪は画面を一瞥して素気無く答える。
家探しをされれば問題であるが、百合はアイドルとして慈善活動にも精を出さねばならない。未だ新人の域を出ない以上、ボランティア活動は彼女の評価を上げる良い手段になる。
犬吠埼の岸壁から市内に入り込んだ海水は多くの家屋や店を流した。今はその波も引き、残るは瓦礫の山となった建物ばかりがある。
軽傷・重傷の人間が出てはいるものの、現状は奇跡的に死者が出ていない。これは十二時間の猶予があったからこそであり、市内の人間の命が残っているのは自衛隊のお蔭である。
シデンの撃破は成功しなかったものの、自衛隊の評価は然程酷くはない。先の耐久も含め、その後の人命救助や炊き出しなどを率先して行ったことでマイナス部分を上手く隠している。
仮説住宅で暮らす彼等は常に物資を求めていて、著名な人間が無償で食料や日用品を送るのも災害後の光景としては日常だ。
有名なアイドルが自身の名義で送ることもあれば、本人が直接赴いて物資を渡すこともある。百合がどちらになるかは解らないが、顔をより広める為にも現地に向かうのではないかと二人は考えていた。
有名人には有名人なりの苦労がある。彼女は家族を心配しているが、本当は心配している余裕などある筈もない。
己のことだけを心配していれば良いのだ。どうせ実家にまで影響が及ぶような戦いはしていないのだから。
「ま、暫くはあの女も自分のことで精一杯の筈さ。 ……その間に第二話について話を進めようじゃないか」
「お、良いね。 最初に決めた通りだったら、確か数話分は特に話を進めずに戦いだけをする筈だろ?」
「そうだね。 ――――世界中の誰もが怪獣を、そして君の存在を知っていく。 中には解明しようと接触を図ろうとする人間や、人体実験として捕まえようとする人間も出てくるだろうね」
第一話はお披露目だ。
我々はこんな舞台を作ったのだと自慢する為のお披露目であり、その目的が達成されたのであれば次は理解である。
怪獣の襲撃は一度や二度ではないことを示し、その度に謎の人物が怪獣と戦う。二つの存在は敵対関係で、謎の人物は人類を守る側に立っていると思わせるのだ。
未だ理解していない者の方が多い現状、実績と実戦経験を稼ぐことも含めて特に此方から何かイベントを起こすことはない。ある意味、これから次のステージに至るまでの間は予定が無いとも言える。
起こすのは日本側だ。どのような対応を取るかを確かめたいと二人は思っているので、当分は戦闘と撤退を繰り返すのみである。
「そこでなんだけど、実は注目している人物が居るんだ」
「注目?」
「あの目撃者君だよ。 オクトリンクに襲われてた」
「……ああ、あの学生」
彩斗が思い出すのは驚愕と困惑に彩られた早乙女・蓮司の顔だった。
見る限りにおいて彼は一般人の域を超えていない。恐怖に埋め尽くされながらも逃げ続け、目的の場所まで澪の手加減があったとはいえ到達した。
何か注目すべきところがあったようには思えない。不思議そうな顔を浮かべる彩斗に、澪はウインクをして口を開ける。
「君は待機していたから知らないけど、あの時彼は自分の人生を左右する瞬間に立っていたんだ。 加害者達に暴力を振るわれ、果ては家族にまで被害が及びそうだった。 その時に泣いて許しを請うようだったら見捨ててたけど、逆に殺意を漲らせて野郎共をダウンさせたんだよ」
「それは……なんというか凄いな」
「でしょ? だからちょっと興味持っちゃって。 戦う以外に予定が無いならちょっと様子を見て、あわよくば巻き込めないかなって考えてるんだ」
澪の口が三日月状に裂けた。
明らかな悪意が宿った笑みに彩斗は引きながらも、その少年に対して若干の興味を抱く。
何を仕出かすかは解らないが、澪は極端に道を変えるような真似はしない。自分で立てたからこそ、九十度も変えるような道筋はあまり好いてはいないのだ。
逆に言えば、件の少年が澪の興味をこれ以上揺さぶれば。――――もしかしたらの可能性に、彼は横を向いてそっと別の溜息を吐いた。
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