高耐久・高機能・過剰動作
「最初に見つけた広場で電源を入れてくれ。 そこで先ずは筋力強化が成功しているかを確かめるよ」
澪と共に開けた場所に彩斗は出た。
周りには木々しかなく、光が届き辛く感じる程に密集している。砂浜で感じた日光の暑さは幾分か収まっているが、パーカーを付けている彩斗にとっては差異は無い。
歩いているだけで既に彩斗の全身からは汗が流れていた。季節外れの厚着をしている所為で全身に不快な感触が巡り、彼女の指示に合わせて勢いよく左ポケットに入っている黒板を叩く。
黒板は衝撃によって起動し、チョーカーとインナースーツに命令を送った。
初期起動として数分の状態チェックが行われ、設定されている基準体温にエラーが走る。改善の為に放熱システムが起動し、パーカーから急速に熱が失われていった。
冷えたパーカーに接触していることで彩斗の身体からも汗が引く。汗に濡れた身体は余計に体温を奪うが、黒板がリアルタイムで状態を監視しているので凍え死ぬことはない。
更に五分が経過。インナースーツに僅かな熱が流れ始め、合わせてパーカー内で小規模の風が発生する。
数度の風の放出を繰り返した後にマスクにcompleteの文字が流れた。右側に肉体情報が載り、左側に接続された服の状態が表示される。
その全てに赤い部分は見受けられず、completeの名の通り緑に染まっていた。
無言で彩斗は澪に親指を立て、一先ずは初期設定が無事に終了したことを伝える。後は実際に身体を動かすことで違和感を覚える箇所があるかどうかを確かめるだけだ。
腕を曲げては伸ばし、屈伸を繰り返し、拳の開閉も確かめる。少なくとも標準的な動作に関して彩斗は違和感を覚えず、今度は澪が居ない中空に正拳突きを放つ。
普通であれば正拳突きは空気を切る音が一瞬聞こえるだけだ。如何なる達人でも直撃させねば威力など解り様が無く――――しかし彼の放った正拳突きは轟音と共に離れた位置にある木々を薙ぎ倒した。
「ちょっと待て」
思わぬ威力に反射的に彩斗は言葉を漏らした。
慌てて走ろうとし、次の瞬間には彼の身体は空を舞う。突然の場面転換に彼は困惑することしか出来ず、思考停止によって止まった身体はそのまま落下して地面に叩き付けられた。
小規模のクレーターが出来る程の威力で着地したが、彼の身体に一切の怪我は無い。そのほぼ全てをAMSの多重装甲が防ぎ、ゆっくりと彩斗は自身の身体を起き上がらせた。
「おーい、生きてるかい?」
「無傷も無傷。 馬鹿みたいに頑丈だよ、これはさ」
今度は注意を払いながら地面を片足で蹴る。刹那、その身体は木よりも高い位置に居た。
下を向けば、その高さは先程よりは低い。覗き込んでいた澪の隣に着地し、とんでもない性能だと息を吐いた。
「見事に振り回されてるな。 こりゃ、システムの調整が必要なんじゃねぇか?」
「それならそれで簡単に設定出来るよ。 一先ず筋力強化は成功だと見て良いね」
「操作性の問題を解決出来れば満点だ。 お次は炎か?」
「ううん、その前に耐久性だね。 崖から突き落とすからそのつもりで」
「言葉だけならギャグだぞ、それ」
チョーカーに意識だけで命令を下し、筋力強化だけを切る。
途端に彼の身体から軽さは抜けたが、それが逆に地に足が付いている感覚を取り戻させた。二人はゆっくりと新たな実験地である高さ50mの崖の前に立つ。
島の端に位置する崖の下には鋭い岩が並び、そのまま飛び込もうものなら即死は約束されたも同然。仮に死ななかったとしても岩の下は海だ。負傷した身体で長時間泳ぐことは出来ず、そのまま魚の餌になるのが定めであろう。
崖下を覗き込み、その高さに彩斗の身体に震えが走る。
武者震いの類でないのは確かだ。不慮の事故によってAMSの安全性はある程度保証されてはいるものの、だからといって喜んで飛び込む馬鹿は居ない。
いざという時の備えとして筋力強化を再度起動させ、数回深呼吸。
そして滑らせるように身体を落した。身体のあらゆる箇所に岩が直撃するよう仰向けにし、数秒後には鈍い音が崖下で起きる。
澪はその様子を一瞬も見逃さずに見て、口を歓喜に歪めた。
「防御も良いようだね。 この位置から落ちても服が破損しないなら更に上から落としても問題無さそうだ」
「――俺の心的問題は度外視だけどな!」
叩き付けられた身体に一切の損傷は無い。
逆に岩側が僅かに砕け、岩と岩との間に挟まるように彩斗の身体はそこにある。AMSにも破損は見られず、彩斗は入れるべき力を極限まで落として立ち上がった。
身体は無傷ではあるものの、彼の全身から冷や汗が流れている。例え大丈夫だろうと解っていても落ちる恐怖とは抑えられないもので、マスクの内側では目を見開いて荒く呼吸を繰り返していた。
澪への返答にも怒りが混じっていて、それが八つ当たりであることも解っている。一先ずは落ち着くまで呼吸を続け、焦燥が消えた頃を見計らって彩斗は眼下にある海を見た。
底など見えぬ青色の海には何があるのかなど解らない。釣りが楽しめるとのことで食用の魚が泳いでいるのは解っていても、海中ともなれば何が潜んでいても不思議ではないのである。
もしも肉食の凶暴な魚が居れば戦いになるだろう。その時、冷静に対処出来るかどうかは彩斗の精神力次第だ。
ゆっくりと足を海に浸らせると、水の冷たさが足に襲い掛かる。しかし即座にズボンが海水の侵入を風で弾き、温度調節によって冷える感触から抜け出す。
徐々に徐々にと身体を入れていき、最後に頭部まで全てを落す。息が出来る環境ではなくなったことでマスクが自動的に小型ボンベの弁を解放し、彼は周囲を見渡した。
見える範囲にあるのは銀に煌めく鱗を持った小型の魚達。太陽の光に照らされた付近の底は想像よりは低く、軽く腕を振るうだけで一瞬で到達した。
一瞬とはいえ、それは筋力強化があったればこそ。着陸と同時に砂埃が立ち、付近で泳いでいた魚達は散り散りに逃げていった。
マスクから送られてくる情報は全て正常の緑。表面が濡れることはあっても内部に海水は浸食しておらず、試しに指を弾いみるも予想通り何も起きない。
『どうだい?』
「オールグリーン。 炎が出せないのも加味して全て安定してる。 酸素時間は気にしなくて良いんだろ?」
『個人個人で酸素量は異なるからね。 一般的な消費量から十二時間は維持出来ると思うけど、リアルタイムで時間は変化している筈だ』
「ああ、今は十時間になってる」
操作は全て思考制御だ。最近になって実験が成功した技術ではあるものの、彼女は容赦無く突っ込んでいる。
左上の端にスマートフォンのように時間が表示され、それが零になれば呼吸は不可能だ。数時間深みに向かって歩き続け、なるべく水圧の高い場所を彼は目指す。
陽の光が消えていき、マスクが補正を働かせて何とか見える場所で足を止める。そのまま数分待機して破損が起きれば失敗に終わるが、マスクは何も警告を知らせることはなかった。
ここまで潜れば十分である。個人での耐久性で言えばAMSは一級品であり、超えるのは現状不可能に近い。
それでも実際に彼の着ている戦闘服が現実に誕生した以上、生まれないと考えることは彩斗には出来なかった。補正の効いた視界の中で上に向かって急速に泳ぎ、海面を突破して外に飛び出る。
何時の間にやら、彩斗の視界には海一色しか映っていなかった。
島からは離れていたようで、遠目に形が見える程度。常人で泳いで進むには現実的な距離ではなく、船を使わなければ波に浚われてそのまま溺死だ。
だがその距離も、この服の前では有るも無いも変わらない。全力を込めて海面を蹴り――その瞬間に身体は彼の予想以上に吹き飛んだ。
風圧も感じない状態ではあるが、急激な加速によってマスク越しの画面はさながらスピードアクションゲームを二倍速で見ているかのようになっている。
島へと急速に近付き、このまま停止しなければ崖に激突するだろう。
慌ててブーツの側面を海に突っ込む。水の抵抗を信じて最悪転げることも覚悟するが、何とか崖下の小さな砂浜で止まってくれた。
『無事帰ってきたみたいだね。 一旦お昼にしようか』
「……ああ」
ただただ疲れた。急激に消費した体力を感じ、筋力強化を切ってゆっくりとテントのある地点まで向かうのだった。
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