主役の目覚め
「残る実験は炎の生成だ」
バーベキュー形式で互いに肉や野菜を食べながら澪は残りの実験内容を伝える。
筋力強化は成功。反応速度が常人の思考を超越しているので合わせる必要があるものの、調整さえ済めば彩斗でも自由に動かすことが出来る。
耐久も問題無し。高所からの落下や深海での水圧環境でもAMSの損傷は無く、彩斗もその点は首を縦に振った。
毒耐性は家でも行えるが、その為の毒をどうやって用意するかは問題ではある。様々な医療機関や過去の人間が残した対人用の毒物はガスや空気感染が基本であり、つまり海同様にマスク内の酸素ボンベを頼れば外の空気を吸わずとも済む。
しかし、それで解決としたくないのが澪の本音だ。毒を突破するのに周囲の空気を遮断するのは有効ではあるが、万が一毒素の多い場所から海のように酸素が著しく無い場所での連戦を強要されれば、時間経過によって限界が訪れかねない。
狙うはあらゆる毒素を排するフィルターだ。それを目指したいと内心で思いつつ、一先ずの毒対策は周辺の遮断で落ち着いている。
毒対策も必要ではあるが、彼等にとって最大の目玉はやはり炎だ。それが無ければ始まらないと言っても過言ではなく、故に澪の発言に彩斗のやる気も否応なしに高まっていく。
能力バトルで言えば炎というのは決して最強ではない。一昔前であれば主役を張れるような能力ではあったが、やはり突き詰めてしまうと炎は概念系の能力に負けてしまう。
空間操作、時間停止、不老不死。人間が本来辿り着けない域にある能力を振るわれれば、如何に炎の出力を上げたとしても無駄だ。
「僕等の設定で出てくる能力は炎と氷の二つのみ。 予定に無い能力を付与することもあるかもしれないが、基本的には付与することはしないよ」
「お前みたいな奴が今後出てくれば、その基本も崩れるだろうな」
「あまり考えたくはないね。 僕のような存在が他に出てくるとしたら、それ即ち僕に辿り着けるということになる。 折角の計画が壊れるのは最悪の極みだよ」
彩斗の茶かするような発言に澪は肉を齧りながら真面目な顔で答えた。
澪は自身の知能を世界一位だと思っている。その一位に辿り着ける何者かが居れば、怪獣の仕組みを見抜くことも不可能ではなくなってしまう。
誰も正体が解らない。上澄みだけの情報に留める。それこそが最良であり、誰かが生み出している事実に到達されれば世間は犯人捜しに躍起になるだろう。
怪獣は自然発生したものでなければならない。その認識こそが世間一般の常識になってくれねば、彼等の終わりの無い計画は途端に狂いを見せるのである。
「ま、ある程度追い付いてくれた方が良いのはあるけどね。 常に僕等任せになっちゃうと自衛隊は居るのかって問題にも発展するだろうし」
「お前に近付くにはどれだけの研究者が倒れるんだろうな……」
「まぁまぁ、そこら辺は頑張ってもらうとしようじゃないか」
胸を張って応援を送る澪を見つつ、彩斗は内心でこれから過労に倒れる研究員に内心で合唱を送った。
確かに澪の言葉は尤もだ。これから怪獣と戦うにしても常に彩斗だけが活躍する状況では問題が起きる。自衛隊の役割は国の防衛であり、その防衛を果たせないのであれば税金を払う意味が無い。
他国からの侵略も怪獣騒ぎの所為でまともに進みはしないだろう。秘密裏に情報を探りに来るだろうが、怪獣によって滅びるかもしれない国を攻撃する理由は無い。
そして、怪獣の出現先は最終的に世界各国になる。最初は日本だけに出現し、次に予定されているのは中国だ。
世界全体が怪獣の被害を受けるとなれば、建前だけでも一致団結する必要が出る。団結した人類が澪に迫る技術を見せてくれたのならば、態々彩斗が出てくる回数も減るだろう。
勿論、それで彩斗の存在が軽く見られてしまう訳にはいかない。ある程度勝利は握らせるつもりだが、連勝を続けさせる予定はまったくと無かった。
食事を終え、彩斗はマスクを被る。
取り外す際は元の口元だけを覆う形に戻り、再度装着すると顔全体を覆う形に変形した。付ける度にボディチェックが行われ、しかし今度は一度目よりも確認が早い。
五秒でチェックを終えた彩斗は澪と一緒に岩場の多い砂浜に向かい、対面で向かい合う。
澪の手には何時の間にかタブレットが握られていた。その画面を操作しながら澪が説明を開始する。
「それじゃあ最初は炎の発生からだ。 そっちの操作でガスと風の噴出が出来るよ。 もしも暴走するようならこっちで強制遮断するから安心してくれ」
「それは良いが、もう少し距離を取ってくれ。 流石に近い」
「おっと、こりゃ失礼」
二十mまで澪は下がり、手を振って合図を送る。
その合図を見て、彩斗は深く息を吐いた。これが目玉であり、これが成功しないのであれば開始は遅くなる。出来れば一発で成功することを祈りつつ、最初に圧縮されたガスを右腕部分のみに僅かに放出する。
耳が空気の漏れる音を捉え、マスクでもそれは知らされた。更にインナースーツから風を噴出させ、最後に指先に意識を向ける。
中指の先端。腹と呼ぶべき部分には金属が埋め込まれている。他でも代用出来るよう全ての指に金属が嵌まっているものの、基軸となるのは中指と親指だ。
火花の出易い材質同士を擦り合わせてガスに着火させ、爆発的に炎を吹き上がらせる。いきなり大質量のガスを放出した場合、澪の計算上では森林火災に発展する量が生まれてしまう。
「行くぞ」
誰にとはなく呟き、人生でこれ以上無い程の緊張を伴いながら指を弾いた。
生まれた火花は極少量。しかし、その少量でも引火性の高いガスの中で行えば――――一気に彼の身体を包む程の爆炎が出現する。
爆発音を轟かせながら衣服に燃え移るも、燃えているのは外部だけだ。内部にまで熱が伝わることはなく、鼓膜を揺さぶる程の爆音が轟いたにも関わらずに彩斗自身にダメージと呼べるものはない。
とはいえ、それで成功とは呼べないのが世の中だ。如何に火炎を巻き起こしたとしても、それを維持出来ないのであれば操作など到底出来るものではない。
「風量操作ッ、ガス操作ッ、……ああと、腕部限定!」
音声操作ではないのだが、彼にはそんなことを思う余裕すら無い。
爆音と同時に全身が炎に包まれているのだ。死なないにせよ、何時でも焼死しかねない熱量が傍にある不安は尋常なものではない。
拙いながらも操作をしようと奮闘し、およそ五分で右腕部だけに炎が集まった。
マスク越しに右腕を見れば、炎が凝縮された形で集まっているのが見える。画面情報によれば表面温度は五百度であり、迂闊にマスクを外せば肌が焼けかねない。
「な、んとかいけたか……? 澪、どんな感じだ」
『ちょっと遅いけど良い感じ! 何か異常は表示されてるかい?』
「全て正常に稼働中。 稼働時間は約十二時間と誤差範囲内」
マスク内に出てくる内容をそのまま読めば、遠くで澪が騒ぐ。成功だ成功だと子供のようにはしゃぐ姿を見ていると、彩斗の焦りも自然と消失していく。
彼女が成功だと言ったのであれば問題は無い。技術に関しては彼女に全て任せている以上、どうしたとしても彩斗には判断が下せないのだから。
他の人間であれば信じられないが、彼女の語ったことだけは唯一信じられる。
そして、だからこそ期待に応えてあげたいのだ。同じ身体を共有し、今は同士として運命を共有する仲であるからこそ。
腕部に宿る炎に最早恐怖は無い。今後は長くこの炎とも付き合うのだから、恐怖を抱いている場合ではないのである。
『このまま一部分ずつ試して、次に全身に炎を纏ってみようか。 その次に遠隔での操作具合を調べて、最後に最大火力が此方の想定の範囲内かを確かめるよ』
「よっしゃ、いっちょやるか」
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