無関心と関心はどちらが正解か

 澪は核を完成させた。しかし、身体までは完成させていない。

 それ即ち完成とは呼べないと誰しもが思うが、しかし澪にとっては既に怪獣は完成と言っても良いのである。その理由を述べるならば、怪獣の身体をその場で作り上げるからだ。

 核を中心に周辺に存在する様々な素材を用いて設計図通りに身体を構築し、完成と同時に稼働を可能とする。

 コンクリートであろうと、土であろうと、それこそ海であろうとも例外ではない。設定次第では特定の物質のみを集めることも可能であり、一つの純粋な素材だけで構成された方が詳細な情報は掴みやすいだろう。

 澪は素材探しをすると語った。

 その言葉はつまり、何処に怪獣を出現させるかを決めるということに他ならない。疑似脳に記憶させた地図を開きながら使えそうな素材がある場所を巡り、使えないようであればその都度×を付ける。

 あまり離れ過ぎず、かといって彩斗達の元まで影響が及ばない程度には離れた場所。その上でコンクリート以上の素材を使えれば御の字である。

 

『今回の筋書きは君も知っての通り、帰宅途中の一般人が影で怪し気に蠢くなにかを発見するところからスタートする』


 二人は並んで街を歩き回るが、言葉は脳内で交わされている。

 単純に話している内容そのものが世間に出せない代物であり、誰かが覚えていないとも限らない。彩斗にとって久方振りの脳内会話であるが、そのことを思うよりも打ち合わせに集中した。

 前日譚の始まりは一般人が怪獣の影を発見するところからだ。この一般人は誰でもよく、会社員だろうが学生だろうが構わない。

 重要なのは、夜の時間に都合良く彼等が求めるルートを定期的に通ってくれるかどうか。

 帰り道が決まっている人間程今の彩斗達には都合が良く、そこだけを加味するのであれば学生や労働者が一番適当だ。

 人通りの少ない道を探し回り、時に此処はどうだろうかと二人で話し合う。見掛けは散歩を楽しむカップルであり、澪は容姿を隠す為に唾の大きい帽子を被っている。

 影になるお蔭で彼女の顔は視認し辛いので余程近くなければ彼女の美貌は見えないだろう。

 髪も変更済みだ。一般的な姿を取っての行動なので人々は当たり前の如く彼等の横を通り過ぎていった。


『人通りが少ない所を日常的に通る人を見つけるってのは、やっぱり根気がいるな』


『近道で使う。 人の居ない場所を好んでいる。 ……夜になれば自然と人通りは少なくなるけど、社会的に残業が日常だからね。 どうにも夜でも人が通る場所は多い』


 実際に残業を経験している彩斗は澪の意見に肯定した。

 世間が如何に残業を否定しても、この国から残業が消えることはない。寧ろ積極的に残業させる程の仕事を社会人は任せられ、毎日苦しい思いをしながら消化している。

 帰る時間が日を跨ぐことも一度や二度ではなく、終電で眠りこける人間を彩斗はよく知っていた。だからこそ、夜の道でも場所によっては人は多く居る。

 悲しいかな、労働の前では安全など二の次なのだ。如何に安全対策を施したと言っても、過酷な労働時間の前では虚飾になり下がってしまう。

 正常な思考が出来ない程の寝不足に追い込まれれば、怪獣が出てきても幻覚だと断じる可能性はある。

 幾つかの有力な細道に隠しカメラを設置して、夕方になるまで買い物や喫茶店で時間を潰す。時折澪がタブレットでカメラの状態を確かめるも、人通りが殆どない道では中々目標を達成出来なかった。

 

「歩き回って何時間くらいだ?」


「途中で三回くらいトイレに入って色を戻してたから、十五時間くらいは経ってるかな」


「うへぇ、やばいな」


 徐々に日差しは辛くなり、人々の服装も薄くなりつつある。

 長時間の移動は普段よりも辛くなり、実際に時間として告げられた途端に喉の渇きを覚えた彩斗は目の前のレモンティーを一気に飲み干した。

 鍛錬によって痛みにも耐性はあるが、だからといって身体が痛くない訳ではない。特に足には負担が押し寄せ、暫くは喫茶店から出ることは出来ないだろう。

 反対に澪の表情は涼しいものだ。作り物の身体であるが故に温度調節は容易であり、内部には冷却機構も確りある。

 汗が出ないのは猛暑であればある程に怪しく見えるも、そもそも人は他人をそこまで注意深く眺めはしない。皆そうだろうと脳が錯覚し、澪の異常を異常とは思わせないのである。

 

 喫茶店は多くの客で賑わっていた。その殆どが若者で、家族で訪れている者も居る。

 店員は忙し気に注文を受けたり料理を運んでいた。室内の各所にはテレビが設置され、そこには平和なニュース情報が流れている。

 此処に居る客の大多数がただ軽食を摂る為に来た訳ではないのは明白だ。涼風に極端に顔を蕩けさせ、汗を拭う姿が散見されている。

 ニュース情報が切り替わった。映る画面にはアイドル特集の題名が浮かび、数ある有名アイドル達についてアナウンサーやゲスト達が意見を交わしている。

 澪は嫌な予感を覚えた。

 その予感は確信に至る程のもので、総じてそのような時には現実になるものだ。――――複数のアイドル達の情報が流れた後、その嫌な予感の正体が姿を見せる。


「うっわ、きちゃったよ……」


 最上・百合。

 人気急上昇中の彼女は今日もテレビの中で笑顔を振り撒く。二人が作業をしている間にも彼女は順調に成長を遂げ、テレビの情報通りであれば既にファン数はトップとそう変わりはない。

 歌に踊りに演技と、およそアイドルとして求められる全てを彼女は高練度で熟し、ベテランからも評価されているという。

 彩斗と同じ黒髪でありながら、彼女の腰まで届く長髪は艶やかだ。肌は白く、瞳は黒曜石が如くに美しい。

 奇抜な特徴は無いが、だからこそ基礎的な部分が高い領域で纏まっている。均整のとれた肢体を持っているお蔭で男性の根源的欲望も強く刺激されていた。

 見た目は最上だ。清楚の擬人化とまでファンからは呼ばれているようで、そんな彼女を見る澪の目は凍てついている。

 誰も彼もが彼女に惹かれていく。その理由も原因も解ってはいるが、やはりこうなったかと彼女は内心で溜息を零した。


『それでは大人気アイドル、最上・百合さんにインタビューをしたいと思います。 ――本日は此方にお越しくださりありがとうございます』


『はい。 よろしくお願いします』


 男性インタビュアーは若干の興奮を持ちながらも百合に質問や率直な意見を口にしていく。

 彼女は柔らかなソファに座りながら軽やかに言葉を発していき、一つ一つ紡がれていく単語が何処か甘い。アイドルであれば演技も必要であるが、彼女もまた人を惑わせる術を心得ていた。

 それを目の前に居るインタビュアーが解っていない筈がない。にも関わらず、彼の言葉には隠しようがない喜色が滲んでいる。

 そして、喜んでいるのは彩斗達の周囲に居る人間も一緒だ。全員が汗を拭うことすら忘れ、彼女の一挙手一投足に視線を向けている。

 まともなのは必死に仕事をしている従業員達と彩斗達だけだ。

 従業員であるが故に仕事に意識を割かれているだけで、百合のことが気になっていない訳ではない。澪もそれが嫌悪感であろうとも意識を向けていて、真に意識を向けていないのは彩斗だけ。

 

 彼は一部も澪の映る画面を見ずに隠しカメラと繋がっているタブレットを眺めていた。時折従業員を呼んで追加の飲み物を注文することはあれど、基本的には視線は固定だ。

 澪が試しに探っても彼の意識に百合の情報は無かった。正真正銘、どうでもいい人物として彼は妹を認識しているのだ。

 兄妹であるが故に、見知っている相手故に、彼は彼女に惑わされない。恨みも好意も無いその姿は、家族という枠組みで見るのであれば異常だった。

 

「お、中々良さげなのが来たぞ。 どうだ?」


「んー、どれどれ」


 あまりにも関心を示さない姿に、澪は自分に呆れた。

 気にしていても無駄だ。何をしても現状が変わる訳ではないのだから、彼のように強く惹き付けられている方にだけ顔を向けていれば良い。

 家族関係が改善することは無いであろうし、そもそも二人もそれを望んではいない。何を変えても元の形に戻らないのだから、期待せずに自分の道を突き進んだ方が賢明である。

 故に澪も百合の情報を消して、彩斗と同様にタブレットに視線を向けた。そこに映る人物に対してあれやこれやと意見を交え、その間にも百合と男性の声が喫茶店内で響き渡る。


『それでは、最後に貴方の夢を教えていただけますか?』


『はい。 結構叶えたいものもあるんですけど、今は家族皆で一緒に住める家を買おうかなって』


『家ですか?』


『ええ、そうなんです。 今住んでいる場所が仕事用の道具を置いている所為で手狭になっていまして、出張中の兄が住めるスペースが無いんです。 本人はあまり気にしていないんですけど、やっぱり自分の部屋はあった方が良いなと思いまして』


 自身の願望を語る百合の声は、その瞬間だけ甘さが抜け落ちていた。

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