悪意の発露

 無人島生活は予定通りの二泊三日で終わった。

 その間に火力の限界や更なる耐久力の確認。特に反応速度については入念な調整が入り、何とか彩斗が許容出来る範囲に留まってくれるようになった。

 後は彩斗本人が慣れるだけ。資質を磨くだけで問題が解決するのであれば、彼に鍛えない選択肢は微塵も無い。

 家に帰ってからは開発の勢いは増した。一度完全に成功した以上、残るは増産と次の製作である。AMSを追加で三着増やし、更に敵となる怪獣をデザイン。構造も既存の生態系をなぞる形で組み上げられ、一種のDNA情報として豆粒サイズのカプセルに封入された。

 

「怪獣の設計図が入ったデータは現在三十程完成した。 既存の生物を参考にしたお蔭で一からよりも製作は捗ったよ。 異なる生物の特徴を合わせた個体も出来ているから、後は一度実験するだけさ」


「早いな。 まだ帰ってから二週間くらいしか経ってないのに」


「ま、一番の問題はAMSだったからね。 そこの問題が解決されれば、残りは意外と簡単なもんさ」


「それ言えるのはお前だけだぞ」


 AMSの開発において最大の問題は必要スペックを満たせるか否かだ。

 単体で如何なる環境でも耐え凌がなければならないし、当然怪獣を打ち倒す力も求められる。更に今後彼を追うであろう者達から逃げ延びねばならず――しかし一番に澪が力を入れたのは彩斗個人の安全だ。

 命が無くなってしまえばそもそも計画以前の話。未だ彩斗と澪の意識は分断されている訳ではないので、当然ながら彩斗が死ねば澪も死ぬ。

 故にAMSは彼等にとっての生命線。一寸の手の抜けようがない物を完成させたからこそ、怪獣に関しては幾らでも手を抜くことが出来る。

 特に最初は弱くても構わない。物事が進めば進む程に強い怪獣を生み出す必要に迫られるが、序盤にいきなり強過ぎる個体を生み出すのは意味が無い限りは下策である。

 

 ただし、弱いと言っても彩斗達の基準の中の話。戦車もミサイルも、それこそ前時代的な巨大主砲を受けても無事である程度にはボディは硬い。

 怪獣を倒すには常識外の力が必要である。それこそ核や、それに匹敵する物でなければ被害を受けるのは避けられない。

 三十の情報が封入された卵のようにも見える白い球体を澪は纏めて緩衝材が入ったケースに収め、一つだけ掌に乗せる。外側からは明らかに接続端子が見受けられないが、彩斗は深くは気にしなかった。

 どうせ何か独自規格を作ったに決まっていると確信し、一粒だけ取り出した意味を脳内で問いかける。


「この三十の情報カプセルは完成品だと胸を張って宣言しても良いんだけど、一応は試験したい。 その為、敢えてこのカプセルだけは他とは違う」


「ほう、具体的には?」


「この中に入っている怪獣のサイズは僅か二m程度。 強くもないから君が殴るだけで即死だ」


 澪が掌の上で転がすカプセル内には人型の怪獣が入っている。

 体長約二m。全身が黒い鱗で覆われ、頭部と思わしき部分は無い。代わりに首から先に触手のようなものが生え、それが伸縮するようになっている。

 目も鼻も口も無く、ただの細い肉塊をぶら下げている巨人だ。肩幅が広いことも相まり、異常だと一発で認識出来る見た目となっていた。

 怪獣と呼ぶよりは宇宙人。その見た目を取っているからか、純粋な恐怖よりも不安を煽らせる。

 実験に用いるとするなら、戦闘能力の低い個体であることは望ましいことだ。事故を未然に防ぐ為にもサイズを極小にしたが、実験である以上は単に出現させるだけではない。

 澪の口が妖しく動く。そこから何が飛び出してくるかは、彼女の思考を読まない彩斗には解らない。

 

「実験の内容は怪獣の出現及び、物語の前日譚」


「前日譚?」


「そ。 軽く言えば、人前でこの怪獣を出してそれを君が倒してもらう。 何かが始まる前兆としてね」


 物語の始まりとは大別すると三つに分かれる。

 最初から特別な状況であるか、前兆のみで何も始まっていないか、最初から何も起きていないか。

 突発的に怪獣を出現させて街の人間を混乱の海に叩き落すことは可能だ。しかし、いきなり本番で怪獣を出して操作に失敗すれば、予想外の被害が発生しかねない。

 故にこれは失敗することなく操作が出来るかどうかを調べる実験であり、同時に物語の前兆を知らせる前日譚でもある。

 つまり――二人が求めた物語が始まろうとしているのだ。それを自覚した瞬間、彩斗の全身に確かな震えが駆け巡る。

 歓喜と高揚が混じった震えは本能的なもので、椅子に座る彼に止めることは出来ない。いや、止めてくれるなと彼は無意識に願っている。

 

 過去にこれほどの喜びを感じたことがあっただろうか。

 過去にこれほどの期待を感じたことがあっただろうか。

 遂に始まるのだ。二人が待ち望んだ、現実の破却を狙う大騒動が。壮大なる遊びとしてではあるが、これから現実は三次元から二次元へと突き落とされる。

 その中で普通に生きる者達は混乱するだろうし、多くの問題が起きる筈だ。それによって間接的に人が死ねば、やはり二人が殺したと言っても良い。

 平和を願う善人であれば、最初の時点で止まるべきだ。僅かな刺激で満足する程度の人間だったなら、外国へ旅行するだけでも十分だ。

 最上・彩斗はそのどちらにも当て嵌まらない。

 抑圧された欲が渦を巻いて解放される時を待っている。早く早くとせがむ子供のように、子供の時分から一切の成長が無い願望が彼の理性を奪って表に出ようとしていた。


 顔を俯かせ、口元を手で覆う。

 澪には彼がどんな表情をしているかは解らないが、その胸中で渦巻くものについては理解している。目の前に人参をぶら下げられた馬が何とか足を止めようとする様に、彼女は一種の微笑ましさを覚えた。

 最上・彩斗の欲望は深い。何十年と我慢を強いられたからこそ、解放の仕方を失敗すれば悪逆に悦を覚える外道になってしまう。

 それでは駄目だ、澪の求める理想とは異なってしまう。

 だから対面に座る澪は彩斗の俯かせた頭に手を置き、意識を自身に向けさせた。


「本番はもう少し先だ。 先ずはこの実験を恙無く終わらせようじゃないか」


「……ああ。 ――ああ、そうだな。 まだ完全に幕が開いた訳じゃない」


 今回は前兆を起こすだけ。それで全てが開始される訳ではないし、操作が難しければ一度改良の時間を手にしなければならない。

 その分だけ本番までは遠のくのだから、成程幕が開けていないと表現するのは間違いではないだろう。

 荒れ狂う願いの奔流を無理矢理胸の内に収めた彩斗は顔を上げて澪と笑い合う。先程の言葉が彼の狂気を抑え込む為の気遣いであることは明瞭で、しかし彼女はそこに感謝は求めていない。

 必要なのはその時までに実験以外の全てを完璧にすること。室内で出来る限りAMSを身体に馴染ませ、より精密な動作を行えるよう感覚を磨く。

 それでこそ澪は喜び、気遣った事が間違いではなかったと思うことが出来る。

 

「取り敢えずこれから私は怪獣のボディ素材を探しに行くけど……どうする?」


「勿論お供するさ。 美人を一人きりにはさせないよ」


 核だけあっても身体が無ければ意味が無い。

 外行きのラフな格好に着替えていた澪はクールに笑って尋ね、彼は笑顔でそれに付き添った。

 その時の彩斗の表情を澪は忘れない。年不相応の純粋無垢な笑顔を。顔にはっきりと浮かび上がる狂喜の欠片を。

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