動き出した協力者
家の中で行える基礎トレで己を虐め抜きながらチョーカーの作成を進める。
既にチョーカー本体と側面に装着するケース部分は完成していた。残るはケースに入れる内部パーツだけであり、その全ても一時間もしない内に完成する予定だ。
クーラーが効いた部屋の中で汗を流し、適度に牛乳を混ぜたプロテインを飲む。
無味無臭のプロテインは牛乳の味だけがあるが、それでも牛乳以外の何かが混ざっていると解っているので口触りは違うように感じてしまう。
故にか、彩斗にとってプロテインが良いものだとは思えない。肉体を作る上では必要だと解っているが、単純に口に合わないのである。かといって彼は最初に購入する段階で大量に同じ物を選んでしまった。
今も同じプロテインの粉が山のように存在し、最低でも半年は飲み続けられる。これは単純に彼自身のミスだ。
一々買うのが面倒だと大量購入したツケを払っているのが現状だった。
『君に求めた基準は既に満たされているけど、まだ鍛えるかい?』
「当然。 鍛えれば鍛えるだけ不測の事態にも対処出来るだろ? いきなり難しい動きを要求されても応えられるよう、日々の鍛錬は必須だ」
『良いね、中々戦闘向きな思考だ。 常人から離れ始めているようでこっちも嬉しいよ』
ナニカの称賛に照れ臭さを覚えつつ、耳に聞こえたベルの音に意識が向けられる。
人間一人分を余裕で超えるサイズを持つプリンターの上には、今は複数の小さな部品が並べられていた。その一つ一つを破壊してしまわないよう慎重に手に持ち、彩斗の目を通してナニカが判断を下す。
白いブロックに見えるパーツ達の違いは形状だけだ。それ以外は全て同じで、これだけではパーツには見えない。新作の玩具だと言われた方がよっぽど納得出来る。
ナニカが全て良しと彩斗に送り、設計図のデータを見つつブロック同士を組み立てる。
出来上がるのはケースよりも一回り小さい長方形の塊だ。ケース部分に入れ、余っている箇所を埋めるように小型電池を入れて螺子を締めた。彩斗が大きく振るってみるが、スペースが無い状態ではパーツも電池も揺れはしない。
「無駄なスペースは無いな。 緩衝材が入ってないけど、本当に良いのか?」
『そのパーツの一つ一つが衝撃を吸収出来るからね。 わざわざ緩衝材を入れても意味は無いさ』
自信満々に告げるナニカに何度目かも解らない感嘆の息を漏らしつつ、チョーカーの側面に付いている接続部とボックスを繋げる。
チョーカーは布製ではない。プラスチックに近い質感を持ったチョーカーを首に嵌め、電源を入れた。
駆動音は無い。熱は仄かに感じる程度。特に危険な気配は無く、初期設定を行う為に別室に居る綺麗なボディに触れる。
途端、彩斗の身体から何かが抜けた。大事な一部分が抜けたような感覚に飢餓を覚えつつ、目は女性体に向く。
女性体は何の反応も示さない。五分、十分と時間が流れても大きな変化を見せずに目を閉じたまま。
地球上で初めての行い故に、彩斗には何が不味かったのか解らない。ナニカも先程から声を発さず、ただ状態を見る他にない。
三十分が経過した頃、彩斗はもう失敗したのではないかと絶望した。
チョーカーにある電源を落そうとして――――ついに女性体の身体が震える。
「聞こえているか? 聞こえてたら返事をしてくれ」
彩斗の声に合わせ、女性体の目はゆっくりと開かれていく。
開かれた目の色は灰色だった。明らかな人間とは異なる色彩に彩斗は息を呑む。焦点の揃った目は彼を見つめ、ぎこちなく微笑を浮かべてみせた。
「……何とか通信に成功したようだね。 だけどバッテリーがまだ少ない。 このまま寝ていても内部発電で回復するけど、一先ずは外部電力が欲しいな」
「解った、直ぐにケーブルを持ってくる」
女性体が起き上がることはない。完成直後から女性体は内部でエネルギーを精製していたが、まだまだ身体を動かせる程に溜まっている訳ではないのだ。
故に一先ずは外部から燃料を確保する。部屋内にあるコンセント穴にプラグを差し込み、延長ケーブルを用いて女性体の掌に出現した丸型穴に反対のプラグを差し込む。
差し込んだ直後から彼女の灰色の目は仄かに輝き、一気に身体を起き上がらせる。
掌を何度も開いては握り、足を曲げては戻してを繰り返し、その間に彩斗が持ち込んだ姿鏡で崩れた個所はないかと確かめた。
「良いね、頭も確り動いてる。 成功だ」
「良しッ」
ガッツポーズを作る彩斗に、女性体は腰に手を当てて仄かに笑った。
「起動には成功したし、後は状態を観察し続けよう。 ……悪いけど、そのチョーカーは常に付けておいてくれ。 じゃないとこの身体を操れないからさ」
「解ってるって。 漸く頭の中から移れたんだから、お前が満足するまで付けたままにするよ」
女性体――ナニカは満足気に頷き、クローゼット内を漁って白いシャツとジーンズを着る。
胸もあるのでブラも購入しなければならないが、そんなものは通販で事足りるだろうと後回しにした。成長の概念が無い身体では経年劣化はあれど、見た目の変化が起きるまでは遠い。
手入れさえ忘れなければずっと維持も出来る。この辺は人間も一緒であるが、限界がある訳ではないのでボディの方が遥かに長生きだ。
今、彩斗の中にナニカは居ない。脳内の情報を一時的にデジタルに変換してボディにある疑似脳に移している。
この技術を用いれば本格的なVRゲームを作れるが、そんなものには二人は欠片も興味を持っていない。やはり現実でこそ非日常が起きるべきだと考えているからこそ、ゲームが開発されることはないだろう。
コンセントと繋がっているのでバッテリーが十割に到達するまでは部屋の外に出ることは出来ない。延長ケーブルを限界まで伸ばせば一階に行くことは出来るが、何処で彩斗が足を引っ掛けるかも解らない。
安全の為にも動かない。故にナニカは今日一日動くことはなく、身体の状態を観察しながら彩斗との会話に興じる。
「後は頭髪や眉毛を埋め込めば本当の意味での完成だ」
「いやぁ、長かった。 一体作るのに何年掛かったんだ?」
「まぁ、材料集めからだからね。 次に作る時はもっと速く完成すると思うよ。 それより、決めるべきことがあるだろう?」
「そういやそうだったな。 先ずは名前か」
長い長い道程が無駄ではなかった事に彩斗は感慨深くなるが、その感慨に耽る時間をナニカは与えない。
決めるべきことは山のようにある。名前やカバーストーリーは勿論のこと、今後の筋書きで求められる戦闘用衣服やコードネームも決めねばならない。
怪獣と戦う以上、周囲の目は否応なしに彩斗達に集まる。顔を晒したまま戦えば即座に個人情報を特定され、家にまで人が押しかけてくるだろう。
名前を呼び合う訳にもいかない。だからなるべく全身を隠す服と戦闘時の名前を決めねばならない。
そして、コードネームというものを決める事実に彩斗は胸の高鳴りを感じていた。創作の中だけでしか出来ないようなことを今此処でやっていて、本番でその名前を呼び合うのだから。
候補は幾つもある。ナニカも無数に候補は存在していて、互いが納得するのに果たしてどれだけの時間が掛かるのかは解らない。
ナニカ自身も僅かに興奮しているのだ。絶対に自分の意見を通すと、鼻息も若干荒い。
「姓は統一するのか?」
「無しで。 君とは家族だと感じているけど、君の親達とは家族だと感じていないからね」
「となると完全オリジナルか……。 只野とか?」
「却下。 ダサい」
容赦の無い言葉に彩斗は萎れた。
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